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Daydream play:09
「……いやです…プロイセンくんに会わせてください…」
すぐに解けてしまうほどの弱々しい力でフランスの胸もとを掴む手をそのままに、話を続ける。
「そう思うならどうして……いや、だからこそ、か」
その感情を認めてしまった先に待つのは、彼にとって地獄なのか。
「……でもお願いだ」
非道いことを言っているとわかっている。寸寸に傷つけと、残酷なことを願っているとわかっている。それでも。
「…お願いだから、認めてあげてよ」
「……な、に…」
「辛いなら、好きじゃないとそう言えばいい。嫌いなら嫌いと嘯いたっていい。振ってやりゃあよかったんだ。あなたの気持ちには応えられないって」
「………なにを言って…」
「お前は酷い奴だよ」
例え、お前がどんなに苦しむとしても、でもやっぱりお前も残酷な男だ。だって。
「あいつの心を否定したんだから」
国なのだから恋なんてしない。そう言って。
気持ちに応えられないことより、よっぽど残酷なことだ。あの男が育んだはずの拙い恋心を、それでも最大限の情の詰まったそれを、辛くても苦しくても大事にしていた心を、決して認めないのだから。
「ッ…」
「お前が嫌なら、お前が望むならって、あいつはお前の世界を守ろうとしたよ。あんな完璧な工作をしてまでね」
「…………、」
「あいつは恥も外聞も捨てて俺に相談してきた。最後にどうしてもやりたいことがあるって」
「っ…さい、ご」
「あいつ何て言ったと思う? 普通誰かを好きになったら、その相手にも自分を好きになってもらいたい、愛してほしいって思うでしょ。でもあいつは…」
フランスは息を詰まらせた。あの日、見ているこっちが苦しくなるほど切なく泣きそうな顔で訴えた友人の姿を思い出して。
「お前のことを愛したいってさ」
「ッ、」
「それだけだって。一度も言わなかったぜ、あいつ。愛してほしいだなんて。ただ愛したい。それがあいつが最後に望んだことだよ」
だからフランスが提案した。プロイセンの話した内容からするに、日本は〝国だから〟恋愛などしないと思っている――または、思い込もうとしている。あなたもそうでしょう、とプロイセンは言われたという。なら、人になればいいんじゃない。ふりをすればいいんじゃない。そうアドバイスした。日本は駄目でも、人となったお前なら愛することは許してくれるんじゃないか。国では告白することすら、想うことすら許されなくても、人ならば。一方通行でも愛することくらい許してくれるんじゃないか。それでお前の望みは叶うんじゃないか、と。
「なん、で…ッ最後だなんて言うんですか…っ」
「……………」
夜色の瞳が今にも泣きそうに揺らめいていた。
プロイセンは傷の治りが遅いことを俺に告白した。俺は、歳取ってガタがきてんのかよとどうにか笑って返したが、あいつは寂しげに微笑しただけだった。あいつは俺たちの中でも異質だ。だから傷の治りが遅いだなんて、それくらいのことがあってもおかしくはない。俺はそう思っている。そう信じている。
「あいつが勝手にそう思ってるだけだ。いつもみたいに世界一の俺様気取ってりゃあいいのに、あいつ馬鹿だよ、ほんと。でもさ、あいつがもしかしたらって思ったときに望んだのはお前だったんだよ」
「っ…」
「別に愛してやれだなんて言わない。消えない傷になる前にそんな感情消してしまえばいい。そうじゃなきゃ、あいつが万が一でもいなくなっても、ずっと想い続ける羽目になるんだろ。気が遠くなるほどの長い時を、あいつの声とか珍しい瞳のグラデーションとか独特な笑い方とか見上げたときの首の角度とか触れたときの体温とか…少しずつ思い出せなくなることに苦しみながら。だったら、もとよりそんな心なかったって思ったほうがよっぽどいい。…そうやって、嘘を吐き続けることが可能だっていうのなら」
「……………」
「でもお願いだ。あいつがお前を愛することは許してあげてよ。何もしなくたっていいから、さ…」
日本は何も言わない。ただフランスに縋り付いたままの指先が小刻みに震えていた。
惨いことを言っているとわかっている。慰めにもならないようなことを取って付けたように誤魔化しているとわかっている。幾つもの種類を持つ情のその一つ一つを簡単に消したりできるのなら、ヒトは苦しむことなく簡単に生きていけるだろう。コンピュータの中を整理するように、ごみ箱へ放り投げて、アンインストールして、そうして綺麗さっぱりなくせるなら、誰だって苦労しない。そんなこと出来ないから辛いのだとわかっている。思考とか理性とか、そんなものと関係なしに心は身勝手に振る舞うから。無茶なことを言っているとわかっていて、それでも俺はお前を追いつめる。友人の望みを叶えるために。
「……あいつさ、俺になりたいって言ったんだよ」
「え…?」
「あいつは国として生まれたわけじゃないから、余計に国を想う気持ちが強いと思うんだよね。国とか民とか王とか、全身全霊で愛してると思う。あいつにとってプロイセンであることは誇りで、何ものにも代え難い真実だ。だからあいつはあんな運命を辿っても馬鹿みたいに能天気に笑ってるし、ドイツをあんなにも慈愛の満ちた眼差しで見ることができるんだと思うよ。そんな奴が…俺になりたいって言ったんだよ」
もちろんそれはフランスだけを指していたわけではない。イタリアでもスペインでもアメリカでもいいのだ。この昔よりは大分平和になった世界で、半永久的な命を望める現役国家なら。
――この先ずっとあいつを愛してやりたい。
悲痛な声が耳に焼け付いていて離れない。
「お前をこの先ずっと愛してあげられるように」
「ッ、ぅ…」
「ひとりぼっちにしないように」
日本はついに顔を覆ってその場に崩れ落ちた。フランスからは泣いているかどうかはわからない。声は漏れていない。ただ小さく変則的な呼気が空気を揺らし、細い肩が震えていた。
もしかしたら彼は遥か昔にでも本気の恋をしたのかもしれない。古の恋の歌がたくさん残るこの国の化身も、例に漏れず強い慕情を誰かに抱いたのかもしれない。ただその相手は瞬く間に消え去っただろう。人の生など一瞬だ。何千という長い長い時の中、ひとり身を切り裂くような苦しみに堪えねばならぬなら、そんなものはなかったのだと、国が恋をするはずがないのだと、そう思ってもおかしくはない。痛いのも苦しいのも辛いのも、それが国の事情であれば耐えられる。どんな責め苦だろうと逃げはしないだろう。けれどそれ以外では堪えられなかったのかもしれない。気が触れんばかりの長い時の中では。
「プロイセンはまだいるよ」
「ッ…」
「この国に、ね」
フランスはそれだけ言って背を向けた。
どうか、この東の果ての太平洋に浮かぶ国の化生が幸せを掴めるようにと願って。どうすればそれを掴めるのか、皆が皆――趣味仲間の友人と、旧知の友人が――幸せだと思えるのか、そんなことまったくわかりはしなかったけれど、そう願わずにはいられなかった。
お願いだから、俺のこの行動が正しかったと、いつかの未来で証明してくれ。俺はお前たちを苦しめたかったわけじゃない。愛は残酷なだけではないと、教え示してくれ。お願いだから、心のままに笑ってくれ。
夜の帳が降り始める中、冷たい空気に抗うように無数のイルミネーションが街を輝かせていた。人口密度が高いとはいえ、人が多いと感じるのは気のせいではないだろう。手を繋いだ男女が横を通り過ぎる。それを横目で見遣りつつ、マフラーもつけ忘れた寒い首を縮こめながら白い息を吐いた。視界に入った大きいクリスマスツリーに足を止める。
「大丈夫」
幾多もの光源で飾り立てられたツリーを見上げ、ぽつりと呟く。これを最初にこの国に齎した男の未来を思って。
大丈夫、大丈夫。
この国には言霊があるのだろう? 叶うというなら、力が宿るというのなら、何度でも言ってやる。
奇跡は簡単に起きるよ。何たって聖夜だもの。それにあいつの名前は――。いや、奇跡なんかじゃなくていいのかもしれない。そんなものなくたって、きっと大丈夫。
視界の端に映る恋人たちが愛おしそうに互いを見つめている。フランスは緩やかに微笑って星の瞬く空を見上げた。物語には誰もが羨むハッピーエンドがあるが、現実だってそう悪くないはずだ。だって俺たちはあんなに長い時を生きてきたって、ちゃんと笑うことが出来る。それに、古代の詩人だって謳っているだろう?
「Omnia vincit Amor.」
愛はすべてを征服する、ってね。
(続く)