「ピアーズ、大丈夫か

 聞こえた馴染みのある声に目を開けると、心配そうに覗き込む隊長がいた。帰ってきたのか。

「…すみません。ベッドまで借りちまって」
「気にするな、家族だろう。辛いときは頼れ。大丈夫だ」

 そんなことを当然の如く言いのけてしまうのが隊長らしい。
 寝ていたから体調も大分回復したみたいだ。上体を起こすと隊長が水を差し出してきた。それを受け取ろうとして、ぼとりと額から落ちた濡れたタオルにあれ、と周りを見回した。彼は帰ったのだろうか

「薬を飲んだほうがいいな」

 隊長は一度寝室を出て、買い物袋を持って戻ってきた。

「…すみません。何から何まで」
「気にするなって言っただろ」

 だが、こんなふうに看病されると子どもに戻ったみたいで何だか恥ずかしい。
 渡された薬を飲んでいると、リビングからPDAの着信音が響いた。隊長のだろう。そそくさとまた寝室を出て行く隊長の背をぼんやりと眺めながら、額から落ちたタオルを手にして悪いことをしてしまったと罪悪感が湧いた。隊長の友人だという彼はちょっと会いに来ただけだと言っていたが、隊長には会えたのだろうか。手にしたタオルを見つめながら、見知らぬ人に看病までさせてしまったと眉を寄せた。
 寝室に戻ってきた隊長はどこか落胆しているような顔をしていて、何か嫌なことを告げる電話だったのかと心配に思った。

「隊長」
「ん
「あの人は」
「あの人

 名前。名前は確か。

「レオン…レオン・S・ケネディ」

 そう名前を口にすると、隊長は驚いたように目を見開いた。

「レオン 何でおまえが知ってる」
「ここに来たんです」

 隊長は驚いたような表情から、どこか切なげに眉を寄せて目を伏せてしまった。その様子に会えなかったのかと気づく。

「もうすぐ隊長は帰ってくるはずだって伝えたんですけど…会えなかったんですね」
「あいつ、何て言っていた
「仕事が休みだから、ちょっと隊長に会いに来たって。俺がいてびっくりしてたみたいですけど、ちょっとの間、看病までしてくれて」
「…そうか」

 そう言ったっきり、隊長は沈黙してしまった。何かまずいことを言ってしまっただろうか。
 隊長を窺うように見つめると、何だか寂しげな、迷子の子どものような顔をしていた。そんな姿は見たことがなくて驚く。
 そこでハタと思い出した。熱に魘されていたから意識がはっきりとしていなかったが、彼は。
 ――羨ましいな…。
 そう言っていた。羨ましい 何が羨ましいと言っていただろうか。何かもっと、呟いていた気がする。切なげに、そう、まるで今の隊長のような表情で。

「隊長、」
「…
「俺、もう大丈夫なんで帰ります」

 隊長は不思議そうな顔をした。

「まだ安静にしていろ」
「家で休むんで平気です。それより」

 ――俺はクリスの友人で……
 彼がそう言ったとき瞳を揺らしたのに気づいた。苦々しい笑みを浮かべて、俺を。そうだ、俺をあんな哀しげな切なげな目で見てきた。

「行ってください」
「…
「レオンさんのところに」

 何だか寂しそうだったので。
 そう言うと、隊長は瞠目してから眉を寄せて困ったように笑って。

「あいつは寂しがり屋だからな」

 と小さく呟いた。先の隊長の表情を思い浮かべて、それはあんたもでしょう、と言いかけてやめた。上司にそんなことを言うのはどうかと思って開きかけた口を閉じる。
 困ったような隊長の笑みはどことなく嬉しげで。何だか少し…、少しだけ。隊長にあんな表情をさせる彼が羨ましいような気持ちになって苦笑した。