TOP > Game > Resident Evil > Chris x Leon > voile pluvieux > 03
怖い、嫌だ、死にたくない、怖い。
――……て、
たすけて、クリスッ…!!
目を覚まして飛び起きた身体には汗がぐっしょりと張り付いていて、浅い呼吸の間にみっともなく咳き込んだ。
血塗れの男が何度も俺を呼んで、手を伸ばしてくる。俺は必死にその声に応えようと手を伸ばすけれど、届くことはなくて。息絶えた身体は当然もうぴくりとも動かない。
どうして助けてくれなかったんだ?
男の恨めしげな顔が俺を見つめた。いや、男はそんな顔をするやつじゃない。
わかっている。これがただの俺の夢でしかないことは。そうだ、こんなこと、何てことはない。また一つ、俺の悪夢が増えただけだ。
仕事を終えて家路についた。遠目に見えた自分の家にポケットから鍵を出しながら近づくと、家の前に人影があることに気づいた。玄関の灯りで見えたその人物に思わず身体が強張った。
その人物はクリスに気づくともたれていた壁から離れて真っ直ぐにこちらを見つめてくる。少し距離を置いて立ち止まったクリスに彼女は少し困ったような顔をした。その表情がクリスの記憶にある彼女とはかけ離れていたことに少し安堵する。いや、正確には容姿がそっくりな別人であったわけだが。
彼女――エイダ・ウォンは音にならないくらい小さな声を発した。「ごめんなさい」彼女の唇がそう動いたのに気づいてクリスは目を見開いた。
クリスは彼女のことをよく知らない。知っていることと言えば、レオンから聞いたことくらいだった。レオンは彼女の話をしたがらなかったが、レオンから聞いた少ない情報とクリスの想像からしてそんなしおらしい表情をする人物だとは思っていなかった。
それでもクリスが微かに警戒しながら近づくと、彼女は話があると囁くように言った。
クリスにとってエイダ・ウォンの容姿は忌まわしい記憶を呼び起こすものだった。何人もの家族を彼女と同じ姿の女に殺された。自分を見失って復讐に駆られた。あの惨劇は記憶に新しい。
エイダはきっとクリスの心情に気づいているのだろう。目を伏せて自嘲気味に――いや、無理矢理に笑ったような顔を見てクリスは警戒を解いた。
「…クリス・レッドフィールド」
「………」
「どうしても貴方にだけは伝えなきゃいけないと思ったわ」
「何を、」
「レオンが死んだの」
彼女はクリスの言葉を遮るようにして言った。
遠く車のエンジン音が響く。けれど二人の間には物音一つたたない。クリスが一歩も動かないのと同様にエイダも動かなかった。
何を言っているのか理解できない、したくもない。思考が赤く塗りつぶされていく中、クリスの記憶にあるレオンの姿がゆらゆらと浮かんだ。
「なに、を…」
どれくらいの間をおいたか。長い沈黙のあと、クリスは絞り出すように声を出した。
「とある施設を調査する任務で彼は死んだわ」
嘘だ、と小さく呟いた。
そして彼女がすんなりとその事実を口にすることに腹が立った。
「ッ嘘だ…!」
張り上げた声が夜の空気を裂くように響く。沸き上がる衝動のまま、エイダの両肩を掴んでそのまま壁へと押しつけた。ぐ、と彼女が痛みに呻くのも気にせず、指先に力を込める。
「嘘を言うな。何を企んでいる」
このまま勢いにのせて首を締め付けてしまいそうだった。けれど、彼女はクリスの力に痛みを感じているはずなのに抵抗もせず、されるがまま何も言わない。ふと諦めたようにゆっくりと目を閉じた彼女にクリスは我に返って手を離した。そして、彼女が嘘を言っているわけではないことも理解してしまった。
「…すまない」
「……これを」
彼女の囁くような声に顔をあげると、そこに写真が差し出されていた。
「…これを届けに来たのよ」
震える手でその写真を掴む。
そこには自分と妹と、そしてレオンが写っていた。三人とも若々しい姿だ。そうだ、これは初めてレオンに会ったときにクレアが三人で撮りましょうと言って撮った写真だ。クレアが真ん中で楽しそうに笑っている。クリスも妹とよく似た笑みを浮かべていた。レオンは少し恥ずかしそうにして、それでも微かに笑っている。
思わず写真を掴んでいないほうの手で口元を抑えた。そうしないとみっともなく嗚咽を漏らしてしまいそうだった。
なぜなら、その写真には血がくっきりとついていたからだ。これはレオンの血なのだろう。
そして気づく。写真に写った自分の頬に指の痕のように血がついていた。まるで、頬を撫でるかのように。