TOP > Game > Dissidia Final Fantasy > Squall x Cloud > retrouvailles > 03
「いらっしゃいま…せ…」
「レッド・ライオンをくれ」
今は無性に飲みたい気分だ。
スコールは仕事場から近くのいつも賑わっている酒場に初めて足を運んだ。
盛り上がっている客の合間を縫ってカウンターに座りながらカクテルを頼む。かしこまりました、とすぐ返事がくるかと思いきや、何の返事も返ってこない。足下に鞄を置くために下に向けていた顔をカウンターの中へ向けると、店員が目を見開いてスコールを見ていた。
「…俺の顔に何かついてるか?」
「え…? い、いいえ! ごめんなさい、私ったら…」
真っ直ぐな艶やかな黒髪の女性の店員はスコールの言葉にはっとして「レッド・ライオンですね」とカクテルを作り始めた。
「お客さん、初めてですね」
「ああ」
「仕事帰り?」
「そうだ。近くに職場がある」
「そう…なんだか、お疲れの様子ね」
「……ああ」
(そりゃ疲れるさ)
スコールは心の中で恨みがましく呟いた。
スコールは今、付きまとわれている。男に。隣人に住むその男は、あのクリスマスイブから堂々とストーカーするようになった。
今朝も玄関を開ければタイミングを見計らったように隣の部屋から出てきて「いってらっしゃい」と声をかけられた。一昨日の夕方は職場からの帰り道に「お疲れさま」と声をかけられ、アパートまで一緒に帰るはめになった。
スコールの生活はクリスマスイブのあの日から変わってしまった。クラウド・ストライフという人間によって。
迷惑をかけられているはずなのに、スコールはなぜかクラウドを邪険に扱うことができなかった。警察に突き出してやろうかとも思ったし(というか自分で逮捕できるが)、確かに頭にもくる。
(それなのに…)
どうしても突き放すことができない。クラウドのあの切なそうな表情と、あの日ありがとうと言った笑顔がスコールの脳裏に焼き付いていて、クラウドを拒否することを拒む。
そして、昨日。仕事から帰ってきたスコールをアパートの部屋の前で待っていたらしいクラウドはスコールの姿を見て、ほっとしたような顔をした。
それでもいつものように「お帰り」と言ったあと、クラウドが小さく呟いたのだ。「よかった、帰ってきた」と。スコールに聞かせるわけではない、独り言のようだった。本当に小さく呟いただけの声をスコールの耳は確かに聞き取った。
(わからない、何もかも。あいつのこと自身も俺は何も知らないし、どうして自分がこんな気持ちになるのかも)
「はい、どうぞ」
スコールの思考を遮ったのは店員の声だった。
黒髪の肉感的な女性はカクテルを差し出しながら、くすくすと笑声を漏らした。
「眉間の皺、ひどいわよ」
「………」
「嫌なことは飲んで忘れて」
「…ああ」
「…でも嫌なことって感じじゃなさそうね」
「……?」
「…あなた今、切なそうな顔してた……恋人と何かあったの?」
「は…?」
「あ…ごめんなさい! 別に根掘り葉掘り聞こうとしてたわけじゃなくて!」
「いや…そもそも恋人なんていない」
「…そうなの?」
店員は申し訳なさそうにしながらも、不思議そうな顔をした。
「どうかしたか?」
「い、いいえ」
女の勘が外れたかしら。
店員はスコールには聞こえないくらい小さい声で呟く。
「ねぇ、あなた…」
店員は言葉の途中で黙り込み、スコールをじっと見つめる。その沈黙と視線に耐えきれず、「何だ?」と多少強めに言うと、店員は困ったような顔をした。
「その…驚いちゃって」
「驚いた?」
「私の幼なじみがある人を探してるんだっていつも言ってたの」
「人を?」
「そう。茶髪で額に傷があって深い蒼の瞳の男」
「なっ…」
「あなた、その特徴にそっくりでしょ? 偶然にしては出来過ぎてるわ。怖いくらい」
「……ああ、俺も怖い」
「あなたじゃないかしら。私の幼なじみが探してた人」
(俺を探していた? だがそれだけの特徴なら他にもいるだろう)
額に傷、はそうそういないだろうか。
「その幼なじみ、ちょっとあなたと雰囲気が似てるのよね。見た目は全然違うんだけど…金髪だし…あ、目は青いの。でもあなたの色より薄い碧で」
金髪で薄い碧。スコールの脳裏にはクラウドが思い浮かぶ。
(…いや……まさか、な)
「何でかな…」
店員が困ったように、それでいてどこか切なげにぽつりと言う。
「私はあなたが幼なじみの探し人だって、そう思うのよ。絶対そうだって、あなたがお店に入ってきたとき思ったわ」
「…勝手な憶測はやめてくれ」
「ごめんなさい…。でも、お願い。幼なじみと会ってくれないかな? これはきっと偶然なんかじゃないわ」
「……俺は偶然だと思いたい」
「偶然なわけないだろう、スコール」
スコールと店員との会話に割って入るように聞こえた声に、嫌な汗が背中を伝った。
「あら、クラウド! 久しぶりね」
「ああ、久しぶりだな、ティファ」
「最近来なかったから。忙しかったの?」
「ああ。隣人の調査とか色々な」
「え? 調査? 何でも屋の依頼でそんなのあったの?」
「まぁ、そんなところだ」
「そう…大変ね。何か飲む?」
「ああ、じゃあ彼と同じものを」
スコールは横の席へ座った人物を恐る恐る見た。誰かはわかっていたが色々と信じられなかった。
視線を向けたその先には金髪碧眼の男──案の定、クラウドがいた。スコールのほうに顔を向けて不敵に笑ってみせる。
「………勘弁してくれ…」
「スコール、お疲れさま。まさかティファの店で飲んでるとは思わなかったな」
「…つけてきたんじゃないのか?」
「いや、今日は本当にたまたまだ」
(〝今日は〟だと…?)
もう嫌だ。スコールは深く溜め息をついた。
「え、クラウド、知り合いなの?」
カクテルを作り終えたらしい店員――ティファがクラウドにカクテルを差し出しながら驚いた声をあげた。
「ああ、隣人だ」
「そうなの!? びっくりした…。ねぇ、クラウド。やっぱりこの人がクラウドの探してた人なのね」
「ああ、そうだ」
「よかったわね! 見つかって!」
「ありがとう、ティファ」
クラウドの微笑みながらの感謝の言葉に、ティファは「ふーん…」と意味深な顔でクラウドとスコールの顔を交互に見た。
「……上手くいきそう?」
「ティファには全部ばれるな…」
「当然でしょ。何年一緒にいたと思ってるのよ」
「頑張るから、応援していてくれ」
くすくすと笑いながらティファは可笑しそうにクラウドを見た。それからスコールのほうに向いて右手を差し出す。
「私はティファ・ロックハート」
「…スコール・レオンハートだ」
スコールは差し出された手に応えるように握手をした。
「じゃあ、ごゆっくり」
ティファは満面の笑みでそう言って、他の客の相手のためにスコールとクラウドの傍から離れていった。
「ティファとは幼なじみなんだ」
「…聞いた」
「そう」
「……俺を探していた、とは?」
「そのままの意味だが」
「やっぱり初対面ではないということか? 以前どこかで会っていたから探したんだろう?」
「…探していたのは本当だ。でもあの日が初対面だった」
「意味がわからない。会ったこともない奴を探すなんてあり得ないことだろ」
「……あり得なくない」
「…?」
片手で持ち上げたグラスに視線を落としていたスコールは、クラウドを横目で見た。
「…あり得なくなんてない」
クラウドはもう一度自分に言い聞かせるようにそう言った。彼の唇が何か言いたそうにまた動いたが、結局言葉にならずにぎゅっと結ばれた。
(だからなんで…)
そんな顔をする。
クラウドは悲しげに目を伏せてから、それを吹っ切るように手もとのカクテルを見ながら作り笑いのような笑みを浮かべた。
「このカクテルは何だ?」
話を逸らすつもりなのか、クラウドはカクテルに視線を向けながら言う。
「…レッド・ライオンだ」
そうスコールが答えると、クラウドは驚いたようにこちらを向いた。
「……?」
その視線を不思議に思いながら受け止めているとクラウドは何か懐かしむような顔をしてから、力無く笑った。
「ライオン、か…」
「…このカクテルがどうかしたか?」
「いや…」
歯切れの悪い返答はスコールを苛つかせた。気がつけばクラウドの表情の変化を見逃さないようにじっと顔を窺っていたことも、クラウドの表情の理由がわからないことも、スコールを探していたとか初対面だとか、わけがわからないことも。答えが見つからず苛立ちが湧く。
スコールは持っていたグラスを傾けて一気に酒を煽った。
「あんた、一体なんなんだ」
「え?」
「わけがわからない。どうして俺を見るときにそんな顔をする」
「顔…?」
「…いや、いい。あんた俺を探してたんだろう? どうしてだ」
「それは…」
「はっきりしろ」
「………」
「気分が悪い」
「スコール!」
クラウドが慌てたようにスコールへと手を伸ばす。思わず伸ばされた手をたたき落とした。
「なぜ俺を探していたか言え」
「………」
「俺をどうするつもりだ」
「どうするって…」
「悪意はないのか」
「そんなものあるわけ…!」
「どうだろうな。俺の仕事を知ってるだろ。恨まれていても仕方のない仕事だ。…そうだな、例えば俺のストーカーだと言うのが嘘で、もっと別の犯罪を犯しているとか」
「違う!」
「違う? ならはっきりしろ! なぜ俺を探していたかはっきり言え!」
「………」
「……もういい」
「スコール、」
苛立ちのままに勢いよく席を立って、はたと気づく。
「帰る…いや、帰るアパートは同じだったな…。今はあんたの顔なんて、」
(……そんな哀しそうな表情なんて、)
見たくない。
スコールがそう言おうとしたとき、クラウドがいつもより大きい声で遮る。
「俺がこの場から出て行く…! あのアパートには帰らないから…だから…」
(…またそうやって言葉を飲み込むのか)
クラウドは慌てたようにほぼ手をつけてないカクテルの代金を置いて店から出て行った。
(たぶん俺は酔ってるんだ…)
たかが一杯のカクテルで。そう思いたいだけなのだとわかっているけれど。そう思わずにはいられなかった。手を振り払ったときのクラウドの顔が頭から離れなくて。胸の奥がぎしぎしと軋む理由もわからなくて。
クラウドを見るたびに感じるこの焦燥感は何なんだ。
何もわからなくて、何がわからないすらもわからなくて。
スコールは苛立ちのまま深く息を吐き、もう一度椅子に座りなおした。それを見計らったようにコトリ、と目の前にグラスが置かれる。視線を上げれば困ったような顔をしたティファがいた。
「喧嘩…しちゃった?」
「………」
「クラウドのこと怒ってたけど…その…」
「…随分と心配するんだな。ただの幼なじみに」
「……嫌な言い方」
「…悪い」
「ふふ、うん。私のほうこそごめんなさい。でも一つ訂正させて。〝ただの幼なじみ〟じゃないわ、〝家族〟よ。心配するのは当然よ」
「………」
「クラウド、悲しそうだった」
「……わかってる」
「うん」
「…俺はあいつが何をしたいのかわからないし、何を思っているのかも……言ってることも何が本当で何が嘘なのか、」
「嘘はつかないわ」
「…?」
「クラウドね、小さい頃から嘘が嫌いだって言ってた…嘘はつきたくないって」
「…誰だって嘘くらいつくだろ」
(あいつは初めて会ったとき、俺のことを恋人だと平然と嘘をついていた)
「そうだけど…でも…」
(小さい頃から、か)
ティファはクラウドのことをよく知っている。それは当然だ、幼なじみで小さい頃から一緒にいるのだから。
でも俺は、
(何も知らない)
クラウドのことを。
「大切な相手なら…きっと、嘘はつかない」
「……それが俺だと?」
「それは自分で確かめるべきよ」
「…手厳しいな」
「でも明確でしょ?」
「なにがだ?」
「クラウドは小さい頃からあなたのことを探していたのよ? だから、」
「ちょっと待て…今なんて言った?」
(小さい頃から…?)
「え? だからクラウドは小さい頃から探してたって」
「茶髪で額に傷のある青目の男をか?」
「え、ええ」
ティファがスコールの追求に戸惑ったように答える。
「…額に傷という特徴をあいつは…クラウドは小さい頃から言っていたのか?」
「ええ…そうだっと思うけど…」
クラウドとスコールはおそらく大して年齢は変わらないだろう。
(クラウドが小さい頃から探してたって?)
あり得ない。なぜなら。
(額の傷はこの職についてからついたものだ)
「どうしたの…?」
「いや…」
だからきっと。
クラウドが探している人物は。
(…俺じゃない)
「…酒をくれ」
「え? でも…」
「何でもいいから」
きつく言うと、ティファが仕方なくといった感じで酒を出す準備を始めた。
スコールは今度こそ本当に酔いたいと強く思った。
クラウドの探し人が自分ではない。その憶測がきつく胸を締め付けた。
(続く)