TOP > Game > Dissidia Final Fantasy > Squall x Cloud > retrouvailles > 04
クラウドは夜の冷える空気の中、どこへ行こうかと彷徨っていた。急いで出てきたため、コートを片手に持ったままだったが、それを着ている余裕などなかった。
(あんたの顔なんて見たくない、か…)
おそらくそう言おうとしたスコールの言葉を遮って店を出てきた。
取りあえず、先の酒場から近い小さな公園のベンチに座って深く息を吐いた。
あんなふうに苛立たせたいわけではない。でも。
スコールに何て言えばいいのかわからなかった。小さい頃からスコールを探していたのはその通りだし、でもこの間が初対面であることも事実だ。
(…俺の記憶はこの世界のものではないから)
スコールをこの街で見かけたとき、どれだけ嬉しかったか。でもどうやって接触したらいいのかわからなくて、ストーカー紛いの行為――確実にストーカー行為であるが――をしていた。
スコールがああやって俺との関わりをよしとしてくれたことは本当に嬉しかった。どんな関係でも会って話ができたことが、もうそれだけで嬉しかった。
それなのに。関係を持った途端、どうしようもない切なさが湧き上がってきた。
(…どうしてあんたは覚えていない?)
そんな気持ちで身勝手に落ち込んで、自分が情けなくて仕方なかった。
これ以上嫌われるくらいなら、陰からそっと見ているだけのほうがいい。
「クラウド」
呼びかけられた声に俯いていた顔をあげる。
「……エアリス」
「ティファからメール、もらったから」
「そうか…」
「クラウドの悪いところかな」
「え…?」
「手を伸ばそうとしない、ね?」
(だって…また振り払われたら…)
「怖い?」
「………」
「スコールのこと、信じてあげなきゃ」
「信じる…?」
「約束、したんでしょ? きっと――」
「〝大丈夫〟」
言葉の続きをクラウドが先に言えば、エアリスは目を丸くしてから笑った。
その綺麗な笑顔を見て安堵する。彼女を心配をさせることは、もう二度としたくない。
クラウドはありがとう、と微笑んで少し急ぐように去っていった。
「恨んだことなんて、ないよ。だからそんなふうに悲しそうな顔をしないで……ここは」
あの世界とは全く別の世界なのだから。
気に病むことなんてない。また新しく始める関係でも、それが〝再会〟だって私はちゃんと知ってるから。
(スコールも、きっと…)
クラウドが着いたアパートの自分の隣の部屋はまだ電気がついていなかった。
(スコールはまだ帰ってないのか)
どう話をしようかと考えながら階段を上ると、クラウドの部屋の前で激しくドアを叩いている人物がいた。
「開けろ!! おい、クラウド!!」
ドンドンドン、と近所迷惑なくらい激しく拳をドアに叩きつけて声をあげていたのは、別世界の人と知りながら求めてやまなかった人で、現隣人だった。
「なっ、スコール!?」
クラウドの声に気づいて振り向いたスコールはどこか様子がおかしかった。まだ怒っているのかと怯えながら、そっと近づくと強い力で腕を掴まれる。それと同時に鼻につくにおいに眉をしかめた。
「酒臭っ」
「んー…?」
「あんた、どれだけ飲んだんだ…」
スコールは完全に酔っ払っていた。
「寒い、中に入れろ」
「家、隣だろ…何で自分の部屋に入らなかったんだ…」
「…あんたを待っていたからだろ」
「え…?」
クラウドが自分の部屋の鍵を開け、掴まれたほうの反対の手でドアノブに手をかけたとき、スコールの低い声が真剣な色をはらんだ気がした。顔を見よう身体ををひねろうとすると、ドアノブを触っている手にもスコールの手が重なった。背後から抱き込むように、左は腕を、右は手を包み込まれる形になる。
背中に触れた体温に動けずにいると、スコールがクラウドの手を上から包み込んだままドアを開けて、そのまま中に押し込められた。
振り向こうとした矢先、背後から腕を回される。腹のあたりに腕を巻きつけるようにして抱きしめられた。
手にしていたコートが玄関に落ちる。背後で支えをなくしたドアがパタンと小さく音をたてて閉まった。
「ッなに、」
「クラウド」
前に回された手がクラウドの右手を掴んだ。
「またこんなに冷たくして」
(〝また〟…?)
「あんたはいつも自分の身体を疎かにしすぎだ。何度言ったらわかる」
「スコール…?」
(まさか思い出して…?)
「スコール! あんた思い出し…て…ん?」
後ろから抱きしめていた身体が覆いかぶさるように体重をかけてくる。
「ちょ、重っ…いたッ」
どんどん体重をかけられて不自然な姿勢で玄関に倒れ込んだ。
スコールの下で身体をひねって顔をうかがうと、普段とは違う幼げな表情で寝息をたてている。
「……このタイミングで寝るのか、ばかやろう」
早鐘を打っている心臓をゆっくりと息を吐いて落ち着かせて、自分より体格のいいスコールの身体を引きずってベッドに寝かせる。
あどけない寝顔を見ながら、スコールの左手を握った。
あの世界では触れるのはいつもスコールからだった。嬉しいのに恥ずかしくて、それから先を思っては不毛だと嘆く心を無視できず、伸ばしてくる手をはねのけていた。それでもスコールは何度も手を伸ばしてきた。
どうして俺のことなんか好きなのかわからなくて戸惑いのほうが大きかった。それでもスコールの真っ直ぐな誇りをもった瞳が気持ちを嘘偽りなく伝えてくれていた。
今は見えない閉じた瞼の向こうの瞳を思い出してクラウドは自嘲するように笑った。
(年上であることを盾にすました顔をして、あんたに気持ちを伝えることさえしていなかった)
本当はただ、すぐに終わりがくる関係を直視するのが怖かっただけ。
今はどうだろうか。この世界でも終わりはくるけれど、まだ先のことだと信じてみるのもいいかもしれない。
また好きになってもらうことは、きっと難しい。けれど、ここからまた新しくはじめよう。怖いことだけれど自分から動こう、スコールの寝顔を見ながらそう思えた。
握っている手とは逆の手で深い色の髪を撫でて前髪をそっとよける。ベッドの横からスコールの顔を覗き込んで見えた額に口づけた。握っていた手を外して、スコールの頬に両手を包み込むように当てて額同士を合わせる。
「…すまない、スコール。俺はあんたを逃がしてやれない」
何がなんでも離してなんてやるもんか。そう決意した。
「おはよう」
目を開けるとスコールの顔を覗き込むクラウドがいた。
「は…?」
「人の挨拶に対してその反応はなんだ」
勢いよく身体を起こして部屋を見渡す。
(クラウドの部屋…?)
ズキリと痛む頭を押さえると、クラウドが呆れたように水の入ったコップを渡してくる。素直にそれを受け取り、一気に飲み干した。
(…昨日は酔っ払って、)
「……覚えてないか?」
クラウドがやけに真剣な声音でそう言った。顔を見ればどこか緊張の面持ちでこちらを見ている。
(なにかしたか…?)
「いや…かなり酒を飲んであんたの部屋の前まで来たことは覚えているが…そのあと、は」
「覚えてないんだな…」
クラウドは哀しげに言ったが、すぐに首を振って「いや…」と小さく呟いた。
「覚えてなくてもいい」
「……?」
「覚えてなくてもいいんだ」
まるで自分自身に言い聞かせるようにクラウドは言う。それから何か吹っ切れたような顔をした。
「……俺はあんたに何かしたのか?」
「ああそういえば、昨日のスコールはすごく積極的だったな」
「………おい、ちょっと待て」
(……俺は昨日何をしたんだ)
二日酔いとは別の理由で頭が痛み始めた。
「頭が痛い…」
「飲みすぎたからだろ」
さも自分は関係ないとでも言うような顔をしているクラウドを睨む。
(誰のせいだと…)
スコールは溜息をついて、ベッドからおりようとした。まだ酔いがさめきってなかったのだろう。床についた足がふらついて倒れかけた。それに気づいたクラウドがスコールを支えようとしたのを避けようと思ったが、思いの外力が入らなくて二人共々倒れそうになる。無様に床に叩きつけられそうなスコールをクラウドが庇おうとしたのがわかって勝手に身体が動いていた。
クラウドを上に乗せるようにして仰向けで倒れて背中を打ち付ける。勝手に動いた身体はクラウドの腰に手を回すようにして庇っていた。
上に乗っているクラウドを見れば、きょとんとした顔をしていて、はっとしてすぐ傍にあるスコールの顔を見たかと思えば視線を避けるようにスコールの首もとに顔を埋めた。蜂蜜色の髪が首をくすぐる。
一方、スコールも自分の起こした行動に頭がついていけなくて固まっていた。自分の上に乗るクラウドの重みと温かさを感じながら、ふいにある言葉が脳裏を掠める。
『…すまない、スコール。俺はあんたを逃がしてやれない』
(……思い出した)
顔を包んだ少し冷たい手と額に触れた熱。
(あんたが探してるのはきっと…俺じゃない)
昨日はそう思って、普段飲まない酒をあおったのだ。
クラウドに言ってやるべきだ。そう思うのに伝えようと思えないのは何故なのだろう。
思わず腰にまわした腕に力を込めるとクラウドがぴくりと動いた。はっとして腕から力を抜く。
「…どいてくれないか。重い」
「俺はこのままでも構わないが」
首もとに埋めたまま答えたクラウドのこもった声がそんなことを言った。
(よく言う…)
先程から重なり合った胸が伝える鼓動は異常なほどに早鐘を打っている。
動こうとしないクラウドをそのままに上体を起こせば、背中に腕が回されてそのままぎゅっと抱きつかれた。
「…おい、」
「………」
「あんたな…」
「…なに」
不満そうな声が返される。
「なんでそんな不機嫌なんだ」
「…あんたってやっぱりたらしなんだな」
「はぁ?」
「普通、こんなことされたら無理矢理にでも突き放すだろ」
「……突き放してほしいならそうするが、その朱く染まった顔を俺に見られるぞ」
「ッ性格わる…」
「あんた、本当に俺のことが好きだったんだな」
「そう言ってただろ!」
「言ってたか?」
思わずといったように顔をあげたクラウドを見て不敵に笑うと、驚いたように一瞬目を見開いてから背中に回していた手でバシッと強めに叩かれた。
「叩くな、痛いだろ」
「…むかつく」
出会ってから初めてクラウドより有利にたてたような気がした。いつも人に犯罪行為をしていおいて澄ました顔をしているクラウドが戸惑う姿はどこか面白かった。
探している人がスコールではないと知ったら、クラウドはどう思うのだろうか。
バシバシと叩いてくるクラウドの蜂蜜色の髪を眺めながら、スコールは胸に湧き上がる感情に目を背けるように蓋をした。
(続く)