TOP > APH > Gilbert x Kiku > Short > Blumen sich, die ewig blüh'n. > 06
何度も通った道を老舗の饅頭を土産に歩く。彼はここの饅頭が好きなんですよ、と言った人の顔を脳裏に描いて笑った。見ているこちらが羞恥を感じるほどに、愛しくて堪らないといった様子で嬉しげに言っていた。
道を曲がった先、垣根の先に見えた長身の男性に思わず足を止める。本田宅の前で所在なさげに立つ姿を見て息を呑んだ。冬空を照らす陽の光が男性の髪をきらきらと輝かせていた。
いつかの日。それはもう何十年も前の話だ。どのような容姿のお方なのですか、と尋ねたことがある。彼はその姿を脳裏に描くように目を細めて、愛おしげに語った。隠しきれない恋情を含ませて。
『そうですねえ。まるで月光のような美しい色の髪をしていて。ああ、日の光に照らされて煌めく雪のようでもあります。強さを秘め、凛とした刃のような煌めきとも言えますねえ。陶器のような白磁の肌に、まるで美術品のようにしなやかで逞しい身体。そして何より――』
男性が立つその姿の奥に椿の花が見えた。端正な美しさを誇る椿は色鮮やかにその存在を主張している。
『他の誰も持ち得ない美しい瞳は、椿のような情熱の赤にも見えますし、曙光の差しこむ空のようでもあるのです』
そっと一歩踏み出した。気配に気付いたのだろう、男性が振り返る。ごくりと唾を飲んでその姿を目に映した。心臓がドクドクと早鐘を打ち始める。振り返った男性のその瞳を見て、ああそうか、と思った。これはきっと神の思し召しに違いない。この日のために自分は生まれたのかもしれないと、そんな大仰なことまで思った。
(お会いできて光栄です)
身体のすべてを埋め尽くすような歓喜が溢れ出す。
玄関にほど近い場所に植えられた椿。赤く色づいた椿の横には白い椿も植えられていた。思わず笑みを浮かべる。本当にどうしようもなくお好きなのですねえ。この家の家主に呼びかけるように胸中で呟いた。白と赤。その美しく咲く椿に似た色をもった男性の視線に微笑んだ。
「これはまた、えらい美しい色の外人さんで」
男性はきょとんとしてから、困ったように頬を掻いた。
『そしてね、畏れすら抱かせるあの端正で美しい顔が、子どものようにころころ表情を変えるのです。あの方が無邪気に歯を見せて屈託なく笑うその笑顔が堪らなく愛おしいのです。その顔を見て思うのです。その笑顔がずっと…ずうっとね、続いてほしいと。辛いだろう哀しいだろう運命にも簡単に幸せだと言ってしまえる強いひと。ひとりでどこまでも行ってしまう自由なひと。その支えになれるなんて思ったことなどありません。あの陽だまりのような笑顔を向けてほしいとも思いません。ただね、幸せだと心から笑って、そこにいてほしい。傍じゃなくても、ずっと遠くでもいいんです。会うことが叶わなくてもね、この世界に生きていてほしい。じゃないと私、きっとだめになっちゃうんです。あたりが真っ暗になって何も見えなくなってしまう。身体の一部でも欠けてしまうような、そんな恐怖に駆られるのです。…ふふ、どうしようもないでしょう? 私はもう気でも狂れているのでしょうか。国としてあるまじき思考ですよねえ。呆れましたか? でも、どうしたってこの気持ちは消えてくれないのです。一生懸命消そうと思うのに、それに反してどんどん大きくなって、この通りです。もう自分でも制御が利かなくて……どうしてこんなにも好きなのでしょう…。え? 何を笑っているのですか! う…私そんな顔してましたか…? お恥ずかしい。……内緒、ですからね。誰にも言ってはいけませんよ? ふふ、ええ、そうですねえ。とっぷしーくれっとです。日本国の最重要機密ですよ』
ああ、祖国様。どうか、内緒ですよ、と言ったあの約束を破ってしまうことをお許しください。
親愛なる我が祖国。
そして敬愛なるHerr. Preusen。
どうか彼らの行く先が幸せで満ち溢れているように。永遠の花がいつまでも咲き続けるように願って。
End.
2016.1.18