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「…ハイスクールはサボれ」
自分より高い体温を抱きながら、思わず口をついて出た言葉に一拍置いて、レオンがからからと可笑しげに笑い声をあげた。笑い声とともに響く彼の振動を感じつつ、俺も思わず笑い声を漏らした。
なんか笑ったらまた眠くなったな、なんて言い出したレオンは俺の背に回した腕をそのままに「眠い」と言ってうつらうつらとし始める。
先程の俺のおかしな言動をまるで意に介さずという感じの様子に少し拍子抜けだった。
僅かに身体を離して彼の顔を覗き込むと目を閉じていた。まさか本当に寝たのかと呆れつつ、彼の身体を抱き上げる。随分と重くなったなぁと感慨深く思いながら、寝室へ行き、そっとベッドに下ろした。
クリス、と。呼ばれて寝てなかったのかと顔を覗き込むと規則正しい寝息が聞こえた。
(寝言、か?)
クリスと彼が俺を呼ぶ、そのときの声音はどこか熱を孕んでいて、それでいて切ないようなそんな気分にさせる。不思議な感覚だった。
深く呼吸を繰り返す唇を見つめていると、またクリスと唇が動いたのに気づいた。思わず指先で彼の唇をなぞる。熱い息がかかっておかしな気分になりそうで慌てて手を離した。
警官になりたいとレオンが言ったとき、自分が青ざめるのがわかった。
あの日、14歳の少年は両親を失った。その情景を見たときに思わず運命とやらを怒鳴りつけたい気分になった。そして、彼があの恐怖に辿り着く前に救い出せなかった自分に対しても。助けてと彼が言うなら、必ず救い出そうと誓っていたのに。レオンが無事だったときは安堵したが、結局彼には辛い思いをさせた。
いいんだ、もう。おまえはそんな職に就かなくていい。辛い思いをする必要はない。もう二度と、あんな悪夢の中に生きることは。
モデルのような端正な顔にそっと触れる。そこから首筋を撫でて段々と下に向かって進む。腕を辿り、そして到達した手をそっと持ち上げて、その手の甲へ唇を落とした。
そして。むずかるように丸まったレオンの頬に触れた。何度もそこに指先を行き来させていると、涙が出そうになってそれを堪える。あの日のことを思い出してしまう。血に濡れた写真を渡されたあの日のことを。考えるな。今、目の前にいるレオンはきっと何も知らない。目を閉じて落ち着け、と心で繰り返した。どれくらいそうしていただろう。
「――…クリス、」
名を呼ばれ、また寝言だろうかとそのままでいると、頬に触れていた手に彼の手が重ねられた。
驚いてレオンのほうを見てみれば、およそ高校生とは思えない大人びた表情でこちらを見つめていた。
そして、重ねていないほうの手をこちらに伸ばしてきたかと思うと撫でるように頬に触れた。その行為に俺が目を見開くと、彼は少し困ったような顔をして。
「助けてくれてありがとう」
切なく囁いて。
「あんたのおかげで俺は救われたんだ」
真摯に言葉を紡いだ。
「愛してる、クリス」
堰を切ったように俺の目からは涙がぼろぼろと溢れ出した。
ずっと。ずっと後悔していた。助けてと声をあげていいんだと言っておきながら、俺はレオンの最期のとき遠く離れた地にいた。仕方の無いことだとわかっていても、レオンがどれほどの恐怖に遭遇し、血が滴る指先であの写真に触れたのかと考えたとき、俺は悔しくて哀しくて苦しくて堪らなかった。
泣くな、クリス、俺は嬉しかった、大丈夫、辛くなんてなかった、そう囁くレオンの声も震えていて。
「ごめん、ごめんなさい、俺もあんたの力になりなたかった、けど結局俺何もできな――ッ…!」
レオンが謝ることなど何もない。だからその言葉を遮るようにして唇を塞いだ。軽く触れるだけで彼は言葉を飲み込んで、ぶわりと頬を朱く染めた。堪らず彼の身体を抱き寄せてきつく抱き締めた。躊躇うようにゆっくりと背に回された腕が次の瞬間にはぎゅうっと縋りついてくる。遠い過去のあの日と同じ行動、けれどお互いの胸中はまったく違う抱擁だった。
俺、ずっと言いたかった、あんたに。あの日、悪夢から救い出してくれて、抱き締めてくれてありがとう。好き、大好きだ、クリス。
うん、うん、と一言一言に頷き返す。
窓の外は叩きつけるように雨が降っていた。けれども、その雨音は俺の耳には入ってくることはない。目を開けて見つめて息のかかる距離で紡ぐ言葉はしっかりとお互いに聞こえていた。
あの日、雨のベールに包まれて聞けなかった言葉を俺はしっかりと胸に刻んだ。
End.