TOP > Game > Dissidia Final Fantasy > Squall x Cloud > filo rosso del destino > 03
「あ、クラウド。ちょうどよかった」
そんな声に振り返れば今朝出かけていったはずのティファが立っている。おかえり、と言ったマリンと同じ言葉を口にしてから、「帰ってくるの早いな」と続けて言えばティファは困ったような顔をした。
「さっきね、出かけ先でモンスターと遭遇したのよ」
「大丈夫だっのか?」
「うん。見ての通り、私は全然平気。でね、そこでモンスターに襲われてた人がいたんだけど、ちょっと様子がおかしくて」
「様子?」
「ここがどこだかわからないって言うのよ。遠くから旅でもしてきたのかと思ったんだけど、気がついたらここにいたなんて言うし。もしかしたら記憶喪失だったりするんじゃないかと思って取り敢えずうちに連れてきたんだけど…今外でデンゼルと話してて、」
ティファの言葉を遮るようにガチャリと音を立てて扉が開き、デンゼルが入ってくる。その後ろをついてきた人物に視線を向けて瞠目した。
デンゼルに手をひかれて入ってきた人物はもう二度と会うことはないはずの見慣れた姿だった。瞠目したのはお互い様だったようだ。クラウドとその人物はお互いを限界まで開かれた瞳で見つめて固まった。
「クラウド…?」
入ってきた人物が小さく漏らした自分の名前に、ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
(嘘、だ…こんなこと……)
今見ている光景が現実だなんて信じられなくて、それでもここにはティファもマリンもデンゼルもいて。
三人は固まったまま動かないクラウドを不思議そうに見ていた。クラウド? とティファが呼びかけたとき、これはれっきとした現実なのだとはっきりと理解した。
(どうしておまえはそうなんだ)
会いたいと思ったら会いにきてくれるのか。違う世界に生きていてもそれを可能とするのか。叶えられないはずのことを、なんで。
こんなありえないことをどうしておまえはそうやって。
――あんたの望むように……
俺が、望んだから? 嘘だろ? おまえは何か特別な能力でも持ってるのか。超能力的な、なにか。それともあれか。実は人間ではなく神様でした、とか。別の世界との行き来なんて楽勝ですとでも言うのか。
何なんだ、わけがわからない。
軽くパニックを起こした頭の中では突飛のないことばかり浮かんで何だかとても可笑しかった。
「くっ、」
思わず漏れた声に皆がぎょっとする。漏れた息は次第にくすくすと笑い声に変わり、クラウドは声をあげて笑った。
「……――クラウドがこんなに笑ってるの初めて見た…」
デンゼルの呟きにマリンが驚いたままこくりと頷く。
未だ呆然としたまま入口に突っ立っている彼に、クラウドはゆっくりと近づく。自分より幾分か高い位置にある顔を覗き込んで手を伸ばした。あのときは自ら触れることは出来なかったその頬に触れる。びくりと身体を緊張させた彼にまた笑みが零れた。
「スコール」
名を呼べば、驚きに目を見開いた表情が瞬く間にくしゃりと歪んで、力強く腕を掴まれ引き寄せられる。そのまま抱きすくめられて痛いくらい強く腕が回った。
頬に触れていた手を首に回してからそっと上に伸ばして髪を撫でる。あのとき、どんな感触なのかと想像していた彼の髪は柔らかくすぐに指に馴染んだ。
「……クラウド」
今朝、確かに求めたはずの男に耳もとで名前を呼ばれると堪らなくなった。目の奥が熱くなって喉がぎゅっとしまる。何とか呼吸を整えて、今彼に伝えなければならないことを言おうと少しだけ身体を離してその透き通る蒼を見つめた。
この瞬間があの夢のように一瞬にして幻と消えてしまうかもしれない。その前にどうしても伝えないとならないことがある。
「スコール、」
前は逸らしてしまった瞳をじっと見つめる。
「好きだ」
触れ合うくらい近くで互いにしか聞こえないくらい小さく呟いた。
驚愕に染まる顔を見つめながら、眼前の唇に己のそれでそっと触れた。
あの異世界での接触と同じくらい稚拙な口付け。触れた熱もあのときと何も変わっていなかった。
きゃあ、とか、うわ、とか声をあげているクラウドの家族たちがどんな顔をしてこちらを見ていることか。そんなことは今は考えもしなくて。
驚愕に染まっていたスコールの顔はクラウドの肩に埋もれてしまって、その表情を伺うことはできない。ただ、小さく震える身体と肩を少し濡らす感触が彼の表情を想像させた。
暫く肩に埋もれる頭を撫でていると、ぽつりとスコールが呟く。
「……あんた、子どもいたのか」
くぐもった声が少し非難がましく言う。
「気づいたらできてた」
「あんたな…」
肩に埋まっていた顔をあげたスコールはもう想像とは違い、いつもの無愛想な顔で俺を見た。
「あの女が妻だとでもいうのか」
「…いや、」
「そうだろうと関係ないからな。せっかくこうして会えたんだ。俺はあんたを奪う」
こいつは、さっきの俺の言葉を聞いてなかったのか?
ぐに、と頬をつまむと痛いと返してくる。そんな些細なやり取りができることに笑うと、スコールも笑みを零した。それはあの日見た哀しみを孕んだ顔ではない。
そうだ、俺はこんな顔が見たかった。決して、あんなふうに苦しめたかったわけじゃない。
きっと、これはスコールだけに限らないのだ。ティファや、他の皆だって苦しめたかったわけではない。今はすでにいない彼らもクラウドが苦しむことを望んではいないのだろう。それでも自責の念はいつまでも消えなくて、ふとした瞬間にそれは胸を覆う。
(…でも、もう本当に大丈夫だ)
過去を振り返るばかりなのか、と責めてくれる人がここにいる。
睫が触れるくらい近くで見つめた強い意志をもった瞳に怯えることはもうなかった。ゆっくりと目を閉じれば、自然に唇が重なった。
三度目のキスは少しだけ涙の味がした。
「でね、聞いてよ、スコールさん!」
酒瓶片手に呂律の回らない舌で紡がれた言葉にスコールは眉を寄せる。
艶やかな黒髪を靡かせながら豊満な身体をぐてりとカウンターにもたらせて、こちらを据わらない目で見るのはスコールをモンスターから庇い、ここまで連れてきてくれたティファという女性だ。
危ない! と叫んだ声が聞こえたと思ったら、目前のモンスターにものすごい勢いのパンチを喰らわした女性がこちらに手を差し伸べていた。
(……あの身のこなしはすごかったな)
ガーデンで指導を頼みたいくらいだ。
「スコールでいい」
「そぉ? あなた何歳なの」
「…19だ」
「19!? その顔で!?」
「……こんな顔で悪かったな」
「ちょっと、クラウド! 犯罪じゃない? 未成年に手を出すなんて!」
「………」
ティファとはスコールを挟んで反対に座っていたクラウドが助けてくれといわんばかりの瞳でスコールを見た。
(…あんたの妻だろ、何とかしろ)
(だから妻じゃない)
(そもそも何でこんなに酔っ払ってる…というか、この状況はなんだ)
(ティファが子どもたちの前であんなことして! って怒るから酒で機嫌とった)
(……あんた、完全に尻に敷かれてるんだな)
ドスっと鈍い音を立ててスコールはクラウドに腹を殴られる。
「ちょっと、聞いてるのぉ?」
スコールは腹が痛くてそれどころではないのに、クラウドはティファの言葉に無言を貫く。
「聞いてよ、スコール。クラウドはこうやって分が悪くなったらすぐ黙るんだから。昔はノリノリで女装とかしてたくせに」
(!?…な…え…? 女装、だと…!?)
「ちょ…! ティファ! ノリノリでしてないだろ! 誰を助けるためにあんなことをしたと」
「え、なーに? 助けてくれたのは嬉しいけど、ランジェリーまで着るなんてその気だったんでしょ」
(ランジェリー!?)
スコールの頭の中はパニックだった。思わず驚愕の表情でクラウドを見ると、バシリと頭をはたかれる。
「おまえ、なんでそんな顔をする! 想像するな!」
「ぇ、」
「やだぁ、スコール、何考えたの。顔真っ赤よ」
ケラケラと笑うティファにはっとして、思わず想像してしまっていたクラウドの姿を掻き消すように頭を振った。
「あ、そうだ! ねぇクラウド。これ、修理してもらったわよ」
ティファは酔っているからか、ひどく怠慢な動きでポケットからネックレスを取り出してカウンターの上に置いた。それを見たクラウドがはっとしてそのネックレスを引き寄せた。見覚えのあるそれにスコールも視線を落とす。
「チェーンが切れてたみたいだから」
スコールが引き千切ったそれは、繋がれたチェーンによってアクセサリーの役目を果たせるように直されていた。
クラウドがそれを大事そうに撫でる。ぎゅっと握ってスコールを挟んだ向こうのティファに視線を向けた。
(…ティファが連れてきてくれたのか)
こんなことを思うのは自分も少し酔っているからかもしれない。
もしかしたら、これは。
きっとティファが導いてくれた。連れてきてくれたんだ、スコールを。
「ティファ」
「んー?」
「ありがとう」
「え…?」
ふわり、とクラウドは微笑った。それを見たスコールもティファも思わず固まる。
それは長い冬を明けた先で綻ぶ花のようにとても綺麗で、そして満ち足りた笑みだった。
一瞬間があいて、突然ぐたっとティファがカウンターに突っ伏した。それをぎょっとして見やれば、酔いがまわって寝てしまったみたいだった。クラウドが毛布を取ってくると席を立つ。それを見送って、スコールはカウンターに伏せっているティファに視線を向けた。
「…寝たふりか」
「……悪かったわね」
酔いなんてさめちゃったわよ、と身体を起こしたティファの頬は朱く染まっていた。それが酒のせいでないことはスコールにもわかる。
「あんな笑顔、ずるいんだから」
「………」
「朝の悩みなんか吹っ飛んじゃった」
ふとティファがスコールをじっと見つめた。
それに若干の気まずさを感じながら視線を返す。艶やかな黒髪も、澄んだ瞳も、スラリとした、けれど肉感的な身体も、彼女の美しさを際立たせている。
彼女はクラウドとずっと共にいたのだろうか。スコールの知らない彼の過去の中で。
そう思えば、胸には強い嫉妬の炎が灯る。どうしようもないことだけれど子どものように喚きたくなる。その炎をどうにか鎮めてティファに向き直った。
「……謝らないからな」
ティファは彼のことが好きなのではないか。
けれど、どうしても譲れない。
スコールの言葉にきょとんとした彼女は少し困ったように笑った。
「何を? 私とクラウドとの間には何もないわよ」
「………」
その言葉が強がりなのか事実なのか、彼女のことを深く知り得てないスコールにはわからなかった。
「クラウドのこと、よろしくね」
ふわりと綺麗に笑った彼女の言葉には決してスコールを責めるような響きはなかった。
「んーでも、ちょっとだけ意地悪しちゃおうかな」
は? と聞き返そうとしたとき、ぐいっと腕を引っ張られて、次の瞬間には頬に何かが触れていた。その温かい感触に彼女のほうを向くと、あまりに間近に顔があって思わず固まる。彼女は引っ張った腕に己の細い腕を絡めてくっついてきた。
触れた感触が唇だと気づいて呆然とするスコールの耳にドサッと鈍い音が聞こえた。はっとしてそちらを向くと、目を見開いたクラウドが立っていて冷や汗が浮かぶ。
(いや、これは違うんだ、クラウド。突然この女が…というかなぜ俺がこんな状況に…!)
「……スコール。ティファに手を出すとはいい度胸だな」
低く響いたクラウドの声に咄嗟にティファを見ると、俯いてくつくつと笑いを堪えてる。
(この女ッ…!)
そもそもなぜ俺が責められなければならない。どう見ても俺は受け身だっただろ。というか、あんたは俺の肩を持つべきだろ。好きだと言ったのは嘘なのか。
目前まで迫った負のオーラを纏ったクラウドに頬を引き攣らせると、ぐいっと胸ぐらを掴まれる。
(……どうしてこうなる)
また殴られるのか。できれば相当の力加減をしてくれないか。
スコールは観念して諦めて痛みに耐えるため目を閉じた。
「まったく…素直じゃないんだから」
転がった酒瓶やカウンターの上のグラスを片づけながら、ティファは溜め息を吐いた。
すぐ傍で演じられているラブシーンは目にしていいものかどうか困りながらも、それでもやっぱり見てしまった。スコールの胸ぐらを掴みながら唇を落とすクラウド。その突然の行為に目を開いて真っ赤になるスコール。
(…あれは酔ってるわね)
クラウド、顔色ひとつ変えずに結構吞み進めていたし。
キスは終えたのか、何か言い争いを始めた二人に明日からのことを想像して、楽しくなりそうだとティファは思わず笑みを零した。
End.
2015.2.1