TOP > Game > Dissidia Final Fantasy > Squall x Cloud > retrouvailles > 01
失敗した。
スコールは家へと向かいながら、今日外出してしまったことを後悔していた。
最近忙しかったからか、家に食べるものが何もないことに気づいて買い出しに出かけた。何てことはない、いつものことだ。外へ出て今日はやけに人が多いなとふと思った。まぁ、夕方だしということで片付けようとして前を向いたとき、クリスマスツリーが目に入った。はっとして携帯を取り出して日付を確認して溜息をつく。
(…そういうことか)
クリスマスイブ。よく見てみればカップルが多い。
徹夜明けの人間には幾つもの光源で飾り立てられたイルミネーションは目に毒だった。クリスマスなんて何とも思わないが、寝不足のせいで無性に腹立たしく感じた。スーパーの袋が途端に重みを増したかのように感じ、二度目の溜息をつく。
意図せず、早歩きになっていた足はすぐに家についた。安っぽいアパートの錆びついている階段を上ったとき、ちょうど目の前の扉が開いた。スコールの隣の部屋の扉だ。
(隣…住んでたのか)
このアパートに来て住人と鉢合わせしたことなどなかった。挨拶はすべきか? と考えていると、中から人が出てくる。
「っ…!」
その姿を見てスコールは息をのんだ。突然、動悸が激しくなる。
中からはこんなぼろアパートには似つかわしくない金髪碧眼の美形が出てきた。
スコールは突然高鳴り始めた鼓動を抑えるように、自分の胸もとに手を当てて首を傾げた。
(どうして、こんな…)
目の前にはドアを右手で開いた状態で固まっている金髪碧眼の男がいる。もちろん、スコールが通り道を塞いでいる状態だからだが。
「具合でも悪いのか?」
きょとんとしていた男が口を開いた。何か精巧な造りのフランス人形かと馬鹿なことを思うほど整った顔立ちの男は、口を開けば人間味が増して安堵する。
胸を押さえていたスコールに勘違いしたようだった。
「…いや」
「そう」
沈黙が落ちる。
スコールは隣人らしき金髪碧眼の男を上から下へと確かめるように視線を浴びせた。
そのことに気づいているのかいないのか、男は何を言うでもなく、ドアを開いた状態のままでいる。
「あんた…」
「なに?」
スコールがぽつりと零した言葉に嫌な顔一つせず、男は反応した。
「会ったことあるか?」
スコールは自分でも何を言ってるのだろうと呆然とする。でも確かに初めて会った感じがしなかった。
例え、過去会ったことがあったとして名前も忘れてるくらいなのだから深い繋がりでもないはずだ。だが、こんな印象的な美形を忘れるだろうか。
黙りこんで考え込むスコールに目を丸くしながら、男は落ちた沈黙を破った。
「…それはナンパか?」
「は?」
「俺はあんたとは初対面だ。それにそういうふうに近づこうとする奴はナンパだって言ってた」
「…誰が?」
「トモダチ」
「そういうものか?」
「わかんないけど」
噛み合ってないような会話に思わず眉を寄せると、男は微かに笑みを浮かべた。その姿を見てスコールの息が止まる。
気管が圧迫されたかのように感じ、目の奥が熱くなった。こんな感覚は久しぶりだ。まるで涙を流す直前のような。
「なぁ、スコール」
「え…あんた、何で」
「おい、クラウド!」
男の耳に馴染むような声がスコールの名前を呼んだ。なんで、と問いただそうとしたとき、部屋から大声をあげてこちらに男が向かってきた。
「おまえ、どこ行く気だよ。いいから一緒にクリパしよ…う…」
黒髪の体格のいい男は呆れたような顔をしながらクラウドと呼ばれた金髪碧眼の男に話しかける途中で、玄関先のスコールに気づいて戸惑いの表情を浮かべた。
「えーっと、どちら様?」
「………」
隣人ですと言えばいいのだろうが、今初対面の状況でなにをしているのか自分でもわからないため、スコールが返事を返せずにいると黒髪の男は不思議そうに首を傾げる。
「スコール・レオンハートだ、ザックス」
「クラウドの知り合い?」
「隣人」
「ああ! お隣さんね。初めまして、俺はザックス・フェア。クラウドのトモダチ」
「………」
「…えーっと、スコール君?」
スコールの背筋に嫌な汗がつたう。クラウドと呼ばれた隣人の男はスコールのフルネームを言った。
たとえスコールが初対面だと思えなかったとしても、クラウドはスコールとは初対面だとはっきりと告げていたのだ。
(……なぜ俺の名前を知っている)
「なぁクラウド。どうしちゃったの? 彼」
「恥ずかしいんだろう」
「え、なんで」
「だってこいつ俺の恋人なんだ」
「「はぁ!?」」
ザックスとスコールの声が見事に重なった。
「だから、あんたがやるクリパとやらには参加しない。俺はスコールと過ごす」
「いやいやいや、クラウドさん? 今の恋人発言にスコールも何言ってんだこいつって声発してたけど!?」
「ザックス…あんた意外と鈍いんだな」
「え、なに…が……あ、なるほど。そういうこと?」
「ああ、そういうことだ」
「へえ? クラウド全然そんな話してくれなかったじゃん。まぁいいや。今度じっくり結果教えろよ」
ザックスはクラウドの耳元で「頑張れよ」と囁き、手を振って部屋を出て行った。
「スコール、いい加減固まってないで何か言え」
「な、あんた、こい」
「恋人、はまだ許してくれないか? でも取り敢えず今日は俺ん家で過ごそう」
「は…?」
「ほら、」
許すとか許さないとか、取り敢えずとか、もう知らない言語でも聞いているかのように全く理解できない。
クラウドは未だ混乱しているスコールの腕を引っ張って部屋の中に無理矢理引き込んだ。
「おい、あんた! いったい何なんだ!?」
スコールの怒鳴るような声に少しも臆せず、クラウドは勢いよくスコールへと抱きついた。左腕が首へと回り、その勢いでスコールの背は玄関の扉に叩きつけられる。ガチャリと嫌な音が耳に届いた。クラウドが右手で玄関の鍵を閉めたのだ。
スコールの手からスーパーの袋ががさりと大きな音を立てて玄関に落ちる。
「初めまして、スコール・レオンハート。俺はクラウド・ストライフ」
ぼやけるくらい近いところでクラウドはスコールに言い聞かせるように、けれど柔らかくそう言った。
「あんたの隣人だ…」
こんなあり得ない状況なのに、スコールは目の前のクラウドから目を離すことも、突き放すことも、聞き返すこともできないでいた。
クラウドの薄い碧眼が胸の奥深くの何かを刺激する。じくじくと痛み出す胸が次の瞬間は五月蝿く鼓動を刻んだ。
クラウドの小振りな唇が何か言おうとして躊躇うような素振りで閉じる。一瞬沈黙を挟み、震える唇がゆっくりと言葉を紡いだ。
「…それから…あんたを好きになった男だ」
それまで変わらなかった表情が切なげに歪められた。碧い瞳が揺らいで形のいい唇が何かに耐えるように結ばれる。
スコールの心臓はぎゅうっと鷲掴みにされたかのように痛み、その衝動のままクラウドの背中に手をまわしてそっと触れた。きつく抱きしめるには頭がついていかなくて、触れるか触れないかのあやふやな状態でスコールの手はクラウドの背を彷徨う。
何がなんだかわからない。わからないのにクラウドを自分から引きはがそうとは思えなかった。
「クラウド…?」
「っ、」
「あんたはクラウドで隣人で俺が好きだと?」
「…ああ、そうだ」
「了解した」
「スコール…?」
このクラウドという男はスコールを好きだという。会ったこともなかった初対面の隣人を好きだと。
「だが、俺たちは初対面で男同士で…正直俺にはこの状況すら理解できていない。あんたのこともどんな奴か知らないし、なんとも言えない」
「…ああ」
「だから、だな…その、クリスマスパーティーしよう」
きょとん、とクラウドは目を丸くしてから思わずといったように吹き出した。くすくすと笑声を漏らしてスコールを可笑しそうに見つめる。
「スコールの口からクリスマスパーティーなんて聞けるとはな。うん、しよう、クリスマスパーティー。お互いを知るために」
「…ずっと聞きたかったんだが」
「うん?」
「あんたは俺のことを知ってるふうに言うが、初対面だろ?」
「ああ、初対面だ」
「じゃあなんでそんな、」
「ストーカーだからな」
「はぁ?」
「だから、俺はスコールのストーカーなんだ」
「…おい、ちょっと待て。どういうことだ」
「隣の部屋であんたの生活を覗いたり、出勤するときこっそりついていったり?」
「……嘘だよな…?」
「嘘だと思うのか?」
「………ストーカーは立派な犯罪だとわかってるのか?」
「もちろんだ。でもあんたに捕まるのなら、それはそれで構わないな。警察官のスコール・レオンハート君」
ひくり、と頬が引き攣る。
思わず抱きついていたクラウドを勢いよく突き放した。
「突然なんだ。痛いだろう」
「あんたな…」
頭が痛いと片手で額をおさえながら引き攣った顔でクラウドを見れば、何くわぬ顔で「ん?」と首を傾げてくる。その態度にまた深い溜め息をつくと、クラウドが「あ、」と何かを思い出したようは声を発した。
「こっちへ来い、スコール」
クラウドは靴を乱雑に脱いで玄関の段差を上がった。スコールの腕をぐいぐいと力強く引っ張って中へ招き入れようとする。
「おい、待て」
「早くあがれ」
「ストーカーだと言う奴の家に易々とあがるか」
「クリスマスパーティーするんだろう?」
「ッあんたな!」
「俺が本当にスコールのことをストーカーしてるか調べる絶好のチャンスだろ?」
引っ張ってくる腕をとにかく離そうと動かすが、クラウドの手ははなしてくれない。いくら男の力と言っても鍛えてるスコールの力をねじ伏せようとするくらいの力強さできつく握りしめている。掴まれた腕の痛さに眉を寄せてクラウドを見れば、そこにはまたあの切なさを堪えた顔があった。
「…あんたはずるい。なぜそんな…」
(……なぜそんな顔をする)
「スコール?」
「いや……わかった。部屋にあがらせてもらう」
そう言ったスコールにクラウドはほっとしたような表情をした。それを不思議に思いながらも靴を脱いで、無雑作に落とされたスーパーの袋を拾う。取り敢えず冷蔵するものなどは今日は買ってないな、と今の状況で至極どうでもいいことを考えながら玄関にあがった。背中をぐいぐいと強く押してくるクラウドの力のままに中へと足を進める。
部屋の扉を開けて、またしてもスコールの頬が引き攣った。
「なんだこれは…」
「何がだ?」
「泥棒にでも入られたのか?」
「いや」
部屋の中は物が散らばっていた。これが普通だと言うようにクラウドはすたすたと部屋の中を歩いて、物が溢れてる炬燵の傍へ行った。そしてスコールにここに座れと指さす。
スコールは渋々指定されたところへ座り、炬燵へ入った。
クラウドはそれを見届けてから何かを探すようにごそごそとその辺を漁っている。それを横目に見てから、スコールは部屋を見渡した。物が溢れてる部屋を注意深く観察する。隣の部屋、つまりスコールの部屋とクラウドの部屋を仕切っている壁のほうを見れば、そこに小さい机が置いてあった。しかもなぜかそこだけやけに片付けられていて、その机の上にはパソコンと大きめのヘッドホンがあった。それから今どきいつ使うんだと思うような双眼鏡も。
ああ、嫌な予感がする。そうスコールが思ったとき、ひやりとした感触が首元に触れた。
「…おい」
クラウドが背後からスコールの首に何かをかけた。
(ネックレスか?)
「ああ、やっぱり似合う」
「なんだこれは」
スコールの首にかけられたのはシルバーのネックレスだった。男らしい大ぶりのアクセサリー。
「クリスマスプレゼント」
まるでそれはスコールの趣味を理解しているようなプレゼントだ。
そう思い至って背筋に悪寒が走る。
「…なぜプレゼントなど用意している」
「それ、あんたに似合うと思ったんだ。だから買った」
(……本物のストーカーだったか)
嫌な予感は的中した。
さてどうしてくれよう、この男。深く溜め息をつき、身体をひねってクラウドのほう向くと嬉しそうな表情を浮かべていた。まるで子どものように純粋で無垢な、素直な笑顔。
ドクンと心臓が一際大きく跳ねる。
「……あんたは…」
気がつくと、スコールの口は勝手に動いて声を発していた。
「あんたは何が欲しい?」
「え…?」
「クリスマスプレゼント」
クラウドは驚いたように目を見開いてから、怪訝そうにスコールを見た。
「……くれるのか?」
「ああ」
スコールは自分でも何でこんなことを言ってるのかわからなかった。
「あんたが欲しいものは?」
「……関わり」
「関わり?」
「恋人じゃなくてもいい。トモダチじゃなくてもいい。知り合いでも、ただの隣人でもいい。あんたのストーカーで犯罪者でもいい。……あんたとの、スコールとの関わりが欲しい」
またその顔。クラウドは切なそうにスコールを見つめている。その瞳が縋るように細められた。
だからその顔は反則だ。その表情はスコールをおかしくさせる。この人の言うことに頷けと、スコールの頭が身勝手に訴える。こんな顔をさせてはならない。そう強く思わせる。
ここまで強引に事を運んだくせに、そんな殊勝なことを言うのだからよくわからない。人形のように整った顔はよく見ていれば、この短時間でいろんな表情を見せた。
沈黙が落ちた時間が長かったのか、クラウドの顔は困ったような表情に変わった。その口が何かを言おうと開いたとき、それを遮るようにスコールは口を開いた。
「わかった。あんたへのプレゼントは俺との関わりでいいんだな」
「ッ、」
クラウドは驚いたように目を見開いてから、すぐにふわりと微笑んだ。
そして、
「ありがとう、スコール」
まるで宝物でも愛でるように、優しくスコールの名前を呼んだ。
その表情と声にスコールの目の奥が熱く揺らいだ。
(調子が、狂う…)
(続く)