TOP > Guilty Gear > Sol x Ky > Theme > まぶたの薔薇はいまも青い > 01
夢見が悪かった。
振り上げた剣が黒光りする硬い皮膚に当たり、刃先が欠けた。反動で勢いづいた風と共に飛んでくる刃の欠片を避けたつもりが、頬に微かに痛みが走る。つーっと垂れる液体の感触に舌を打ち、強引に手の甲で拭うとその下にはもう傷は見当たらなかった。
使いものにならなくなった剣を放り投げ、空いている右手に集中して法術を唱える。ぶわりと巻き起こった炎が渦巻いて不死鳥のように化け物に立ち向かった。ごうごう、と燃える紅が天高く立ち昇る。吐き気がする腐臭の中、それでも倒れない化け物にギリッと歯を噛み締め、大地を蹴った。
はやく。
「……はやく死に絶えろよ」
喉を鳴らしたはずなのに、ほとんど音になることなく言葉は消えた。
血と死の臭いのする風を切って駆けていく。業火を纏う拳を身に巣食う怒りとも絶望ともつかない感情のまま叩きつけた。
――バケモノが。
誰に向けて放った言葉なのか、自分でもわからなかった。
巨大な地響きを起こして化け物が頽れる。鼓動をなくし、瞳孔の開ききった紅い眼がちょうどこちらを見上げるように倒れた。血のように真っ赤な眼に自分の顔が映っている。そこは血の海のように赤いだけで鏡のように正確に姿を反射しているわけではない。それでもそこに映る自分の眸が化け物とまったく同じなのだと知っていた。
放り投げていたヘッドギアを拾う。ぼんやりとしたまま額に当てていると、聖騎士団の制服が破れて剥き出しになった腕が見えた。汗と血に塗れたそこは見渡す限り化け物の死骸で埋めた戦闘となれば、刃風での擦傷や魔獣の爪による切傷など、いくらでもついているはずだった。しかし、どんなに拭ってもそこに傷痕などありはしなかった。
わかっている。もう夢で見たあの頃の自分とは別人なのだと。それなのに。視界の端を掠める蜂蜜色にソルは吐き気を呑み込み、煙草を咥えた。
「ソル…!」
ただの残骸と成れ果てた生物兵器の上に椅子のように腰かけて紫煙を燻らしていたソルは、駆けてくる足音と名を呼ぶ声に眉を寄せた。不機嫌を露わにしたまま首を巡らせれば、案の定見知った少年が眉を吊り上げている。戦場に出るや否や単独行動に走ったことへの小言が飛んでくるとばかり思っていたが、傍まで駆けてきた少年はソルをその宝石のような瞳に映すと泣きそうに顔を歪めた。
化け物の死骸まみれのその場を見渡してから、もう一度ソルを見る。その双眸に湛えられている感情が何なのかはわからない。ただ澄んだ湖面のような虹彩の真ん中に陣取る瞳孔がやけに大きくなったことだけはわかった。
「あなたはまた! 作戦を無視して、こんな……っ!」
予想通りの反応が数分遅れで飛んできた。うんざりした顔を隠しもせず、今は自分より高いところにある少年の顔を見上げる。
それなりに大規模な戦場だった。ソルは一人きりになった場で破壊の本能のままに暴れ尽くした。一匹残らず魔獣を殺した。距離の離れたところで指揮を揮っていた少年の目にも高く立ち昇る炎は見えたのだろう。
今はこの少年の小言を聞く気分ではない。むしろ聞きたくないし、その姿すら視界に入れたくなかった。
ソルは舌打ちする代わりにフィルターを噛み、少年に背を向けてさっさと歩き出した。
「ちょっと……ソルっ! 待ちなさい! どこへ行くんです……!」
追ってくる歩幅の小さい駆け足に耐えきれず舌を打つ。その際に火がついたままの煙草が落ちたが、そんなものどうでもいい。むしろ火事になって一面の化け物が灰燼と化せばいい。
「ソル!」
ぐっと背中のあたりを掴まれた。ソルは振り返りながらその手を強く振り払う。素肌同士が強く当たる乾いた音が響く。ソルですらひりひりと痛む手は、少年のものを見おろすと真っ赤になっていた。その手をもう一方で握りしめ、わずかばかり驚いたように見開く双眸を冷たく見下ろす。
「これ以上単独行動はやめてください。帰還命令が出ています。ついてきてください」
「あとで帰る」
「は? ち、ちょっと…! 何を言ってるんですか!」
「命令は絶対、軍隊の基本だよな。お利口な坊やはさっさと帰ればいいだろ。俺にはまだやることがある」
「……やること?」
「これだけのギアが次から次へと現れたんだ。この先にプラントがある」
「そんなことはわかってます。しかし、どの部隊も壊滅状態なんです。今は引いて人員の確保と作戦の立て直しを――」
「だから勝手にしろよ。俺は行く」
「なッ……一人で行ってどうにかなると思ってるのですか!?」
「ああ」
「死に行くようなものですよ……!」
踵を返したソルに先回りして道を塞いだカイが強く睨みつけ、叫ぶように言った。
「――死なねぇ」
抑揚のない静かな声が空気を裂くように落ちる。
死ねねぇんだよ。
内心で落として言葉は惨めなほどにささくれ立っていた。
きっぱりと放たれた言葉にカイが息を呑む。ソルは歪に唇を歪め、高笑いでもしてしまいそうな邪悪な感情をどうにか隠した。
しばらくの間、視線を交わしたまま動かなかった。真意を探るような瞳は幼い顔に反して随分と大人びている。そのアンバランスさが人形でも見ているみたいに思えた。
一点の濁りもない澄んだ眼。熱情を真摯に湛えるその目が自分を映すことが嫌だった。
血と腐臭にまみれた戦場の空は、正反対に雲一つない晴天だった。その色に似た瞳が真っ直ぐにソルを見て、映している。
あおだ。青い、眼。
俺も。俺もそんな色だった。俺も似たような色の瞳を持っていた。
もっと色素の薄い……いや、もう少し深い蒼だった、か? ちがう。もう少し緑に近くて……違う、そんなんじゃない。そもそも青じゃなかった…――いや、青かった。
そうだ。母譲りの色だ。そう、母と同じで……いや、父だったか? ……もとより俺に親なんていたか?
アア、もう親の顔も 思 い 出 せ な い 。
天高く燃える太陽の光が煩わしい。ゆらゆらと揺れるそれに眩暈のように視界が揺れる。血と死の臭いが、まるで異世界にでもいるような錯覚を起こした。
ソルは、ふ、と自嘲の吐息を漏らす。あながち間違いではない。ここは異世界だ。少なくとも、人間にとっては。
瞬きもしない視線の交わりは、きらきらと光る金の長い睫毛が揺れたことで終わりを告げた。
「あなたが何を考えているのかわからない」
こんな十とちょっとしか生きていない子どもにわかってたまるか。
そんな嘲罵は言葉にしなくても伝わったのだろう。形のいい眉が思い通りにならないことに駄々をこねる子どものように顰められる。
しかし、見上げてくる瞳はどこまでも透明に澄んでいた。
「……知りたいと思ってはいけませんか」
一太刀揮えば容易く命を屠る剣を握っているとは思えない細い指が頬に触れる。羽根でも触れているようにささやかに。
「理解したいと思うことは許されないのですか」
理解されたいとは思わない。お前を理解したいとも思わないし、理解できる気がしない。きっと分かり合うことはない。俺とお前は永遠に。
「――知ってるか」
頬に触れていた手をぐっと掴むと、痛みに絶佳の貌がわずかに歪んだ。
「目の色が違えば、見える色も違うらしい」
脈絡のない話に青い眼が丸くなる。
それだ。その眼。その青が憎々しい。
「目の色は虹彩に含まれる色素量によって決まる。目に入る光の量を調整する虹彩は、含まれるメラニン色素の量が多ければ暗色になり光を通しずらい。つまり、目の色が違えば目に入る光量も違う。人は光の影響を無意識に補正してものを見ている。例えば、」
「……っ…」
カイの手を掴む力が急に増す。あまりの力加減のなさに小さな呻きが漏れた。
ソルが掴んでいた手の位置をずらし手首を強く圧迫したことで、カイの抜けるように白い手に青い血管が浮かび上がる。
「静脈は青く見えるが実際は灰色に近い。周囲の肌色と対比して青く見えているだけだ。だから、入ってくる光量が違えば見えている色が違うのも道理だ。……――青い眼は」
ソルがもう一方の手でカイの目もとをなぞると、びくりと幼い身体が揺れた。
「遺伝的に劣性らしい。元来、他の色がほとんど混じっていないブラウンが人間の目として理論的に正しいという。青い眼は青い色素が入っているわけじゃない。イエローとブラウンで形成されている。色素が少なく、小さい粒子になっているから青く見える。空が青く見えんのと同じ理由だ」
「……つまり、青い眼を持つ私は人間として劣後で、レディッシュブラウンの瞳を持つあなたが人間として正しい姿だと言いたいのですか」
ソルはわずかに目を瞠った。そんな切り返しが来るとは思っていなかった。
内容があまりにも的外れすぎて嘲謔する気にもなれない。俺が人間として正しい姿なら、この世界に人間などいない。
「言葉の意味を正しく理解してねぇな。勉強不足だぜ、坊や。気味悪ぃほどに老成してると思ったが、頭の出来は歳相応か」
「なっ…!」
「怒んなよ。褒めてんだ」
「どこがだッ!」
「それとも化け物を殺す方法しかお勉強してこなかったか」
「っ、」
「劣ってるって意味じゃねぇ。それだけ稀少だってことだ」
教会のステンドグラスにでも描かれていそうな顔が怪訝に歪んだ。
「サングラスを通して見れば視界はその色に染まる。ブルーグラスなら世界が青く見えるだろ。逆にまったく違う色は余計際立って見える。ま、かけたこたぁねーだろうが」
「……………」
「つまり、虹彩の色とは別の色はより際立って見えているかもしれない」
ふいに、ソルが唇に自分の指先を持っていった。ガリッ、と噛みつくと鉄の味が咥内に広がる。
自分の指先を噛んだことにカイの双眸は驚いたように大きくなった。すぐ治癒しないよう深く噛みついた指先からは血が滴った。その指先を見せつけるようにカイの眼前に持っていく。
「お前にはこの色がどんなふうに映ってる」
「なにを……」
「俺には二流映画に出てくるモンスターが流すような色に見える」
そう、とても人間が流している色とは思えないような。
「赤の反対が何色か知ってるか? いわゆる色相環では赤の反対……補色は青緑――テメェの眼の色だ」
眦に添えた指先でわずかに目もとを引く。その前に突きつけた指から赤が滴った。
「なァ。どんなふうに映ってんだ、この色は」
普段より饒舌な男の纏う空気は異様だった。まるで狂気の渦の中にでもいる心地だ。カイは何も答えられないまま、ただ目の前の鮮やかな赤をその眼に映していた。鮮やかな、真っ赤な真っ赤な血を。命の色を。
「教えてやるよ。俺が今何を思っているか」
そこでようやく、カイは自分の数分前の問いかけにソルが答えようとしていたのだと気づいた。
「欲しい」
「え……?」
「その青い眼が、欲しい」
俺にはない、もう二度と手に入らない、その青が、その景色が。
大きい手のひらが細い頬を覆い、強引に上向かせる。身長差で空を仰ぐほど上向いたカイの瞳に燦々と陽を降り注ぐ太陽が映り込み、眩しさに細まった。眩しさに目が痛んだのは一瞬だった。次の瞬間には視界が翳っていた。その翳も太陽の名を冠するのだと気づいたときには違う激痛がカイを襲った。
「ッ……!」
左目の眼球が悲鳴をあげる。何が起きたか理解するより先に、異物を追い出そうと涙腺が働き始めた。
濡れた感触が眼球を滑る。それがソルの舌であることをようやく理解した瞬間、反射的に男の肩を押しやったが、屈強な身体はびくともしなかった。
痛い、痛い、痛い。
感じたことのない痛苦に視界が赤く染まっていく。このまま、この男の舌に眼球を抉り取られるのではないかと思ったときだった。
凄まじい轟音が響き、地面が揺れた。
瞬間、離れていった体温が向いた方向を追う。唾液にまみれていないほうの右目でどうにか見えたのは人類に厄災をもたらし続けている悪魔の姿だった。眩む左目を手のひらで覆いながら事態の把握を図ろうと凝らした右目に見知った制服が過ぎる。刹那、カイは弾かれたように走り出していた。
駆けていく小さい背の彼方に忌々しい化け物と聖騎士の姿がある。ソルは舌打ちし、細い背を追うようにして駆け出した。
「カイ様……っ!」
蒼白い閃光が聖騎士とギアの間に迸った。数人の団員の間で歓声が湧き起こる。
おそらく何らかの不測の事態で指揮系統を外れた小隊の生き残りだ。皆、小さいとはとても言えないほどの傷を負い、満身創痍の団員もいる。
ソルはギアと対峙する少年を手を貸すわけでもなくただ眺めた。その筋肉のつききらない幼い痩身を見つめる聖騎士たちの瞳には、教会で磔刑像でも見上げているかのように黎明が映っている。
噛み締めた歯が嫌な音を立てた。彼らの目に映るのは神か、天使か、希望か。どれにしろ偶像だ。
その先には幼い子どもが超人めいた剣の舞を見せている。無表情に。まるで屠殺場のマシンのように。
聞くに堪えない絶叫をあげて化け物が地面に頽れた。その姿を感情の乗らない冷たい青が見下ろす。動かなくなったギアに少年が背を向けたときには、その顔には人形めいた完璧な微笑が浮かんでいた。
「大丈夫ですか?」
そう言って差し出された手を取った聖騎士は感極まったように瞳を濡らした。頬を紅潮させ感涙を流すその様は、まるで天使にでも救われたかのようだった。
握り締めた拳の中で爪が皮膚を抉る。
それがお前の望む姿なのか。化け物を殺す機械か。人々の祈りに応える偶像か。人類を救済する希望か。どれにしろ、お前は人間じゃないものになりたがる。その性根が気に食わない。
刹那、ドクンと鼓動が強く鳴った。全身を蝕む細胞がもう一匹の存在を告げる。弾かれたようにソルが振り返った、その瞬間だった。
「――っ、危ないッ……!」
痩身が駆けた。満身創痍で動けずにいた団員を咄嗟に庇ったカイの腹から鮮血が散る。
「ぐッ……!」
「っカイ様……!」
その辺に落ちていた剣でどうにか二振り目の鋭利な爪を受け止めたソルは、負傷したカイを背に真紅の炎を立ち昇らせた。
気味の悪い鳴き声をあげた化け物が息絶えたのを見とめ、振り返ると赤く濡れた少年が地面に肢体を投げ出している。わっと絶望に湧き動けずにいる団員たちを尻目に、戦場にいるのが不思議なほどの痩身を抱きあげた。
腹部からの出血は多量だった。受け身も取らず考えなしに部下を庇った結果だ。
「そ、る……」
細くなっていく呼吸。色を失っていく頬。
ソルの翳した手のひらの下で柔らかい光が揺れる。治癒を施こせば何とかなるはずだ。
「馬鹿じゃねぇのか。この戦争を終わらせると豪語しといて部下を庇って呆気なく死ぬ気か」
「っ…人々の…盾となり、守るの、が……わたしの使命、ですから……」
一瞬、治癒術の光が止まった。
使命。子どもは希望と仰がれていた。その容貌と力と才覚は偶像にするには完璧だった。長い戦争に疲弊している人類が心の拠り所に望むのもわからなくはない。だが。
地の底まで届くような深い怒りが湧き起こる。わかっている。これは理不尽な怒り。ただ子どものように駄々を捏ねているだけ。ささくれ立っているだけ。それでもこの苛立ちは日増しにその火を大きくしていく。この少年の姿を、その生き様を、その青い眼を、この濁りきった瞳に映すたびに。
誰が何をどう思おうと勝手だ。この少年を神の使いだと信じようが、精神安定剤にしようが、祈りの対象にしようが、どうでもいい。気に食わないのは、この子どもが自ら偶像となり得んとしていることだ。
他人の人生だ。勝手にすればいい。そう思うと同時に身勝手な誹りが湧く。
眼裏に焼けつくのは戦場で化け物を効率的に屠っていくマシンのような姿であり、命を賭すことを厭わず他者を救う希望の姿だ。およそ、人ではないような。
少年には、成長する身体がある。何にでも伸ばせる手がある。無数の道を選択できる足がある。――青い、眼がある。
それなのに、なぜ。どうして。人間であることを放棄するのか。
――レディッシュブラウンの瞳を持つあなたが人間として正しい姿だと言いたいのですか。
ふ、とソルは歪にゆがんだ冷嘲を漏らした。
どこまでも惨めな気持ちにさせくれる。
ああ、そうだ。俺はこの子どもを嫉視している。筋違いだとわかっていて、それでもこの苛立ちは歪に奔流を描いている。
どんなに望んだって、どんなに願ったって、俺には不可能なことを、お前はただ生きているだけで手に入るのに、どうして自ら人間であることを捨てるのか。
………いらないなら俺にくれよ。そのたった数十年のヒトの鼓動を。
「いい、ですよ……」
ソルは弾かれたようにカイを見下ろした。
「わたしが死んだら……抉り取っても……」
無意識のうちに目もとをなぞっていた。
少年の言葉が数分前の欲しいという言葉への返答だと、ようやく気づく。
「でも、」と痛みに揺らぎながら湛えられた弱々しい微笑がソルを見た。小刻みに痙攣する蒼白い指先がヘッドギアの影にある目もとを撫でる。
「……あなたに、青い眼、は……似合いませんね……」
「――……、」
息を呑み、次いで、嗤った。
残酷にも天使は告げる。化け物にその色はありえないのだと。
「……そうだな。俺もそう思う」
色が違うことで見える景色が違うなんてことはない。色の認識の違いなど、あってもほんの微量だろう。黒だろうが青だろうが赤だろうが、同じものを見、同じものを映せば。だが、少なくともソルの眼に映る景色は違った。色は、違ったのだ。瞳の色が違った頃など、まるで夢幻であるかのように。
柩に入るお前の眼を抉り取って自分のものにしたとて、どうせ真っ赤に染まるんだろう。
それでも欲しかった。人間のそれが。
「……お前を見てると吐き気がする」
惨たらしいほどの感傷が胸を巣食っていくのを感じた。
これは何だ。これは、この吐き気の元は。……ああ、そうか。
ソルは唐突に理解した。
これは――未練だ。とっくに捨てたはずの、あの人として生きることをやめた、決意の日に捨てたはずの。
忌々しい未練が苛む。化け物が抱くはずのないそれが、確かに胸の裡に巣食うのを感じた。こいつに出会いさえしなければ、それを抱くことなどなかったはずなのに。
お前のせいだ。お前のせいで、俺はもう〝人でなし〟に徹していられなくなった。
腕の中の子どもから赤が流れ続けている。か細くなっていく呼吸の中、ぼんやりしていた青い眼がソルを向いた。痛苦に揺らいでいた焦点がソルを捉えた瞬間、青が鮮やかさに明るさを増し、その中心で瞳孔が大きくなった気がした。
ソル、と小さい唇が動く。痛みか、患苦か、太陽の眩しさか、少年の青の端っこから雫が一筋伝った。その姿がなぜか見知った男と重なる。容姿も年齢も何もかも違うというのに。
見ていられず項垂れて瞼を閉じると、眼裏では青い眼をした男の未練が泣いていた。