TOP > Guilty Gear > Sol x Ky > Theme > 誰が王さま殺したの > 03
巨大ギアの鋭い爪が強大な力で吹っ飛ばされて地に頽れたカイを裂かんとした、その瞬間だった。カイが咄嗟に防護壁を展開するのとほぼ同時に、その場のすべてを呑み込むほどの炎がうねった。熱風が頬を撫でる。それはまるでカイを責め立てる業火のように熱かった。見知った法力の気配にハッとして、カイは弾かれたように振り返った。
「ソル…!」
「こんなところで死ぬつもりか、小僧」
赤い額当ての影から鋭い赤茶の瞳が憎悪にも似た負の感情を湛えてカイを貫く。
助けられたのは事実だが、ソルの手助けがなくても死ぬほどではなかった。小規模だが数体いたギアを瞬く間に焼き尽くしたソルとの力の差をまざまざと感じ、カイは歯噛みした。無様に地に座り込んだ足を即座に立たせ、ソルを睨みつける。
「死ぬつもりなどありません。あなたの助けがなくても、これくらい私だって……っ、」
衝動的に反論してから、子どもみたいな負け惜しみだと気づいて言葉を呑み込む。ソルは「ふん」と鼻息で嘲謔を示しただけだったが、暗く澱む双眸は確かにカイを責め立てていた。
嫌われていることはわかっている。気に食わないと思われていることも。それでもどうしようもなく、いつだってどうしてかカイはソルを怒らせ、呆れさせ、憎悪に似た嫌厭を向けられることになる。だからこそ、ソルはあんな行為まで強いるのだろう。カイは戦場に出向く前、狭い寝台の上で行われた行為を脳裏に浮かべてしまい、ふるふると掻き消すように首を振った。
「自分の身一つ守れもしねぇ坊やはさっさと戻りな」
「っ、私は大丈夫です。それより、この先にまだギアの群れが――」
「だから戻れっつってんだ」
地の底から響くような低い声だった。思わず口を噤んでしまうほどに。
「さっさと戻って第二波に備えて指揮しやがれ」
「……あなたも一緒に戻ってください。負傷者がかなり多く出ています。作戦を立て直す必要があります」
「俺はここでバケモンの数を減らしておく」
「ソル!」
興味を失ったようにカイに背を向けて、さっさと行こうとするソルを慌てて呼び止める。大きい背中を痛む身体を無視して追った。
「ならば私も行きます。後方への指揮は通信で――」
「いい加減にしろ」
振り返ったソルがカイの胸ぐらを掴みあげた。その際に腹部に負った傷が痛んで唇を噛み締める。それに気づいたソルが嫌そうに眉を寄せ、胸ぐらを掴んだ手を離して血塗れの腹部へ向ける。
「ッぐ、ぅ……」
傷を抉るように指先を喰い込ませられて無様な声が漏れた。
「役割を履き違えるな、クソガキ」
「っ……やく、わり…?」
「あらかた村人を救えなかったことを気負っているんだろうが、向こう見ずに突き進むんじゃねぇよ。死者を出したくねぇってんなら、上司としてその指揮でまずはどうにかしろ。化け物相手に暴れるのは俺の役目だ」
傷を負ったことを責め立てるように突きつけられていた指先が離れる。気づいたときには痛みはなくなっていて、治癒を施してくれたのだと遅れて理解した。
どうして、とカイは歯噛みした。現地の聖騎士から連絡があったときはすでに遅かった。けれど、だからといって小さな村で暮らしていた彼らがギアの犠牲になっていいわけではない。もう少し早ければ。もっと迅速に情報をやり取りし、駆けつけていれば。今まで何度だって抱いた後悔だ。だからこれ以上、死者を出したくなかった。自分がひとり奮迅することでそれが可能なら、ギアの群れだろうと何だろうと進んで突き詰めてやると躍起になっていた。多少の冷静さは欠いていたかもしれない。
そのことをソルは見抜いていた。いつだってそうだった。カイが何かを言うより先にすべて筒抜けだ。それなのに、カイにはソルの考えていることなど、これっぽっちも理解できない。わからない。どうして憎しみにも似た感情を湛えて私を見る。どうして私を抱く。どうして時折――そんなに哀しい目をするのだ。
「………あなたの言う通り、これ以上死者を出したくありません。そこにはあなたも含まれています。この先にどれだけのギアがいるかもわかっていません。だから……ここにあなたを置いていくわけにはいきません」
「俺はテメェみたいに無茶はしねぇ。死にゃあしねぇよ」
「っ、わからないじゃないですか…!」
ソルは当たり前のようにいつも無傷で帰還するけれど、それが今日にでも途絶えるとも限らない。いくらソルが強くても、敵わないことだってある。
カイの悲痛とも取れる叫びにソルは思わず押し黙った。少しの間を置いて、くしゃくしゃと金糸を掻き乱してくる。幼子をあやすような仕草だった。顔が近づいてきたと思ったら、掠めるようにほんの一瞬唇が重なる。驚愕と、遅れて反応した羞恥に頬を染めながら、カイは呆然とソルを見上げた。
「大丈夫だ。必ず戻る」
どうしてか、その言葉は太陽が必ず昇るのと同じように当たり前に信じられた。すうっと胸に沁み渡っていくように、ソルの帰還を疑う気持ちがなくなっていく。
今度こそ背を向け去っていこうとするソルが小さい声でぼそりと呟いた。
「俺はてめぇとは違う」
刹那、微かな苛立ちが湧き上がった。意味を理解したわけではない。それでも、別の存在なのだと、分かり合うことなど決してないのだと、突き放された気になった。
「……どういう意味ですか」
小さな呟きが聞こえたとは思わなかったのだろう。驚いたようにソルが振り返る。
少しの間、何も発することなく互いを見つめていた。問いかけに答えなければこの場を動かないとのカイの意思を汲み取ったのだろう、ソルは深い溜め息を吐いて口を開いた。
「俺には生きる覚悟がある」
カイはすぐには言われた意味が理解できなかった。時間をかけてどうにか呑み込み、眉を強く吊り上げる。
「ッ、私にだってあります! この戦争を終わらせるまで私はッ……!」
「〝この戦争を終わらせるまで〟? その先はねぇのか」
「え……?」
「お前は生きる覚悟なんかしてねぇよ。坊やがしてんのは〝死ぬ覚悟〟だ」
カイはハッとして押し黙った。
「例えばそこに生存者がいたとする。今にもギアの牙に貫かれようとしていたとして、お前は必ずその生存者を庇いにいく」
「……それの何がいけないんですか。誰かを救おうとすることの何が間違ってるというんです」
「間違ってるなんて言ってねぇ。むしろ高尚なことだ。自分の命を顧みずに他者を救おうとする。大した犠牲心だ。そう簡単にできることじゃねぇ。感服すんぜ。だが、世界中の人間がそんなお前を崇めても俺は気に食わねぇと思うだけだ」
「……………」
「俺はテメェの命を投げ打ってまで他者を救おうとは思わない。生きていなきゃ何も成せねぇからな。お前が大好きな人々の救済も、何も、だ」
「っ……」
「俺はどんなに罵られようが、正論叩きつけられようが、世界中に糾弾されようが、身を裂かんほどの後悔を抱こうが――決して許されない罪を背負おうが、生きていく。その覚悟がある」
「………私にはそれがない、と…?」
ソルはふっと嘲笑にも似た笑みを浮かべた。
「わかってんだろ。テメェは正しいことをすることに躍起になっている」
「そっ、そんなこと……!」
「ある。……ああ、正確に言やあ、〝間違っていること〟を許せない、だ」
「……………」
「規律を守らない俺を追いかけ回すのがいい例だ」
「……正しくあることを心がけることの何がいけないんですか。大体あなたは聖騎士としての自覚が――」
「ああ、ああ、わかったから。小言は後にしろ。だから誰もいけないなんて言ってねぇ。テメェはそうやって0か100かしか知らない。この世の中はな、そんな単純に出来てねぇんだよ。正しいことが糾弾されることも、間違っていることが称賛されることもある」
カイは理解できないとばかりに眉を寄せた。
「間違えることは罪じゃない。間違えない人間なんていない」
ソルの言葉にカイは弾かれたように顔をあげ、目を見開く。
「てめぇは人間だ。間違えても誰も咎めねぇよ」
カイが唇を噛み俯いたのを見てから、ソルは今度こそ話は終わりだと背を向けた。カイは拳を強く握り締め、泣きそうに顔を歪めた。
ソルは知っていたのだろうか。戦闘があったあと、本部に戻ったカイが礼拝堂で跪いていることを。死者に懺悔していることを。もっと他に方法があったのでは、もっと自分に力があれば。そんな悔恨ばかり抱き、自分の〝間違い〟の罪深さに震えていることを。
カイは顔をあげ、遠くなっていくソルの背中を見つめて震えた息を吐き出した。
「お前の背中は遠いな……ソル…」
まるでその大きな背中の向こうには、カイの知らない世界が広がっているように思えた。ソルの行動も、思考も、理解に及ばないのは、彼がカイの知らない世界を知っていて、そこで生きているからに思えた。その背の向こうにある世界は一体どんな世界だというのだろう。大きく笑うことも喜色を表すことも嘆くことも辛苦を滲ませることも泣くこともないソルが、生きている世界というのは。知りたいと、思った。けど、きっと彼は教えてはくれないのだろう。ならば自分が追いかけるしかない。
カイは頭を振り、身を引き締めて踵を返した。それでも今は正しいことをしなければならない。最善の策を練り、誰も失わないために。
ソルは大群のギアの前で笑った。
「来いよ、バケモノども」
ヘッドギアを乱暴に外し、力を解放する。圧倒的な力の差と同胞の気配に化け物の群れは一瞬怯んだが、それでも一気にソルを目がけてくる。しかしソルは動じることなく、歪に口角をあげた。
「一匹残らず焼き殺してやる」
強大な炎が立ち昇る。
この世界から一匹残らずギアを消してやる。この戦争が終われば、化け物がこの世界からいなくなれば、あの子どもも人間らしく生きるだろう。希望などと、そんな抽象的なもんの役目を押しつける世界から解放されるはずだ。それが正しい世界の姿だ。こんな化け物共などいない世界が。
ソルは朱金の目を細め、もう何も考えることなく破壊に徹した。ひとつ、また一つと地にくずおれていく化け物と同じように。
*
カイはぐったりと枕に顔を半分埋め、恨みがましく横目でソルを見た。
「あなたは戦闘で疲弊している他人の身体を労わろうという気持ちがないのですかっ」
「ああ? あれだけがっついといてよく言うぜ」
「がっ!? そ、そんなことしてません!」
「あまりによすぎて覚えてませんってか」
「ッ、あなたという人はっ……!」
思わず身体を起こし非難しようとしたが、急に動いたことで身体のあらぬところが悲鳴をあげた。すぐさま寝台へ逆戻りした身体をソルが呆れた目で見やる。
「馬鹿じゃねぇのか」
「う、うるさい……!」
ぷくぅ、と頬を膨らませて睨みつけてくる様があまりにも幼く、その子どもらしい仕草に気をよくしたソルは煙草を灰皿に押し付け、寝台に腰かけた。白いシーツにささやかに散らばる金糸を撫でると、恥ずかしそうに顔を逸らされる。
「戦闘後で互いに昂ぶってたんだ。解消できて万々歳じゃねぇか」
ぐっと押し黙り、それでも恨みがましい視線を惜しみなく注いでくる少年にこれ見よがしに口角をあげれば、小さい唇はさらに尖った。その唇が少し前にソルのものを咥えていたかと思うと、あれだけしたというのにまた身体が熱をあげそうだった。初めてのオーラルセックスは少年には衝撃だったらしく、どこまでも澄み渡る蒼碧を淫靡に濡らし、苦しげに見上げてくる様はなかなかに眼福だった。
放っといたらまた衝動的に組み敷いてしまいそうな身体をソルは酒瓶を煽ることで制した。
「……お酒は程ほどにしたほうがいいですよ」
「してんだろ」
「えっ」
「あ?」
「それで抑えてるんですか」
「当然だろ。まあ、この戦争が終わるまではこれくらいで我慢しとく」
こんな小さい酒瓶一つで済ますなど、昔ならあり得なかった。今でも街に繰り出して酒場で呑むのなら、これ以上呑むけれど。
「早く浴びるほど呑みてぇぜ。……テメェはどうだ?」
「私はまだお酒が飲める歳では――」
「そうじゃねェ」
「はい?」
「テメェは何がしたい。この戦争が終わったら」
カイはきょとんと目を瞬かせた。
この戦争が終わったら、したいこと……?
「………考えたことなかったです……そんなこと…」
「だろうな」
「わかってて聞くんですか」
「自覚させるために口に出させたんだよ」
どうして、と不思議そうに無垢な瞳を瞬かせるカイに、ソルは憎悪のような気持ちを抱きつつ、口を開いた。
「てめぇはこの戦争を終わらせるために生きてるわけじゃねぇだろ。ただ単純に生まれたから生きている、それだけだ」
カイは驚いたように瞠目している。おそらく、そんなふうに考えたことなどなかったのだろう。この戦争を終わらせる、ただそれだけを目標にしていたはずだ。それが己に与えられた使命であり、それが当然だと思い込んでいる。そう思わせるほど、周囲がこの子どもを希望と仰いでいる。この人類の危機を救ってくれと懇願している。
ソルは内心舌打ちして続けた。
「この戦争が終わったらやりたいことでも何でもあるはずだ」
「やりたいこと……」
カイはしばらく思案してから、どこか不安そうに眉を下げた。
「……ソル」
「あ?」
「何も思い浮かびません……」
ソルは嫌厭に似た感情に凶悪に歪みそうだった顔をどうにか無表情に保った。
「なら考えておけ。何だっていい。酒を浴びるほど呑みたいでも、好きなもんたらふく食いたいでも、童貞を捨てたいでもな」
「どっ!? な、なななんてこと言うんです……!」
「ンでそんな動揺してんだ。女を抱きてぇってのは男として当然の欲求だぜ」
「………ソルも、ですか?」
「ハァ?」
「ソルも女性を抱きたいと思うんですか?」
どうしてそんなことを聞くのかまるで理解できなかった。ソルは眉を寄せつつも頷く。
「そりゃあな。性欲は誰にでもあるだろうよ」
そうですか、と言ったきり俯いてしまった少年を怪訝に見やる。少しの沈黙のあと、カイの放った言葉にソルはぎょっとした。
「……そる。もう一度抱いてくれませんか」
瞠目したソルを見つめ、カイはどこか寂しげに微笑った。
「したい、ソル」
「……熱でもあんのか」
少年がそんなことを口にするとは到底信じられなくて、ソルは思わずそう言っていた。カイがむぅっと唇を尖らせる。
「あなたがいつも言うんじゃないですか。してほしいことがあるなら口に出せって」
確かにそうだと思いつつもカイの突然の欲求に納得できないまま、それでもソルは寝台に乗り上げた。
「明日立てなくても文句は言うなよ」
「ッ……言いますよっ! あなたはどうせやる気がないんでしょうけど、こっちは書類仕事が溜まってるんです」
「なら問題ねぇな」
「え」
「書類仕事なら立てなくてもできんだろ」
「なっ……や、やっぱりさっきの言葉は撤――」
「撤回させねぇよ? 男に二言はないっつうのは常識だぜ」
「あ、あなたに常識を説かれたくな――! んぅっ…!」
可愛くないことを紡ぐ唇を強引に塞ぎ、ソルは自ら差し出してきたまだ幼い身体に手をかけた。口づけを深くすれば、抵抗してくる力は次第に弱まっていき、間近にある瞳はとろんと熱に蕩けていく。生理的なものにしろ何にしろ、欲望に屈する様にソルは安堵した。
それでいい。子どもは子どもらしく、欲求に従い動けばいいのだ。子どもらしくない行為を強いておいきながらそんなことを思う自分を嘲笑いながら、敬虔で無垢な身体を堕とすために手を動かす。
唇を離し、白い首筋に衝動的に噛み付こうとしたとき、視界の端に乱雑に放り投げられている聖騎士団の制服が映った。青と白の清廉な色を基調としたそこには、べったりと化け物の血がへばりついている。それを見たくなくて、ソルは少年の薄い胸もとに顔を埋めた。
ひどく責め立てられている気がした。この少年が子どもらしくないのも、人間らしくないのも、戦場の最前線に立っているのも、ああして化け物の血を浴びているのも、それらを強要しているのは、この凄惨極まりない世界だ。それは――……ギアが在るからだ。もっと突き詰めてしまえば、自分もその一端を担っている。
ソルは吐き気に堪え、こんなくそったれな世界の犠牲となった子どもの身体を抱き込んだ。
この子どもを見ていると、とっくに置いてきたはずの懺悔が蘇る。人間として生きることを求められず、希望の偶像たらんとする子どもを見ると吐き気がする。額が疼く。お前は咎人だと責め立てられている気持ちになる。だから、こんなことをしている。人間らしいところを見たくて。
どこまでも自分勝手だと辟易する。それでも他の誰がしなくても、世界中がこの子どもを祈りの対象にしようとも、俺だけは人間扱いしたかった。しなければならなかった。この懺悔を背負うのならば。それがただの自己満足だとしても。
「ソル……?」
教会で懺悔するように項垂れたソルの頭を小さい手が優しく撫でる。それもまた、一種の罰のように思えた。
ここはソルには鉄格子の中のように見えた。世界という檻の中に囚われ、少年は希望という役割を押し付けられている。そこはこの世界に生きている限り、決して出ることの叶わない監獄――いや、鳥籠か。ぱたぱたと羽根をはためかせるだけで、小鳥は飛び立つことも知らないまま生きている。
この世界がもっとマシになれば、きっと鳥籠の中で飼われた小鳥は青い羽根を広げ、自由に飛び立てるはずだ。おとぎ話に似たこの感傷が現実になることを、ソルは柄にもなく強く願った。どうしようもなく信じたかった。この子どもが世界から解放されることを。これもまた、己の罪を軽くしようと足掻く滑稽な悪足掻きに過ぎないのだろうけれど。
ソルは柄にもなく祈りを捧げたい気持ちになって、少年を強く掻き抱いた。
最悪だ。この子どもに出逢いさえしなければ、こんな最悪な気持ち、思い出さなくて済んだのに。
しかし、世界はどこまでも残酷だった。聖戦終結後、結局人々の為に心を砕く道に進んだ子どもは平和を守る使徒となった。それでもそれがカイ・キスクという人間の性なのならば、それも一種の〝普通の〟人生なのだろう。
だが、愛する女性と出会い、子を授かり、ありきたりな人間の幸福を得んとした矢先、今度は国に囚われることになった。人類を幸福に導く世界の王様。今度はその役目を背負い、世界の駒に逆戻りだ。化け物から人類を救う希望という鳥籠は、臣民を幸せに導く王国という鳥籠に成り代わっただけだった。
ほらな、とソルは見えない権力と人々の祈りという荊の蔓で雁字搦めの王城を映す国際中継を見ながら暗く嗤った。結局、世界は俺の小さな祈りひとつ、叶えてくれやしなかった。あの鳥籠の中であいつは少年の頃と同じように、今度は希望の王様という偶像と成り下がり、生きている。いまだ自由を知らないまま、あいつは。
どこまでも嫌な感傷を想起させてくれる。そこまで俺を責め苛ませたいか。
天使のように人間離れした慈愛の微笑を浮かべ、国民に語りかけている王の姿に、ソルはくそったれと吐き捨てた。その横で王とそっくりな顔をした幼子が恨みがましくモニターを睨みつけていた。