「何飲んでるんだ?」

 カウンターに肘をついて隣に座った男をソルは気だるげに見やった。あまり身なりがいいとは言えない薄汚れた服で屈強な身体を包んでいる男は、パッと見は軍人然としている。だがならず者のような見た目からして民間の警備会社で働いてそうだな、とソルは酩酊している頭でぼんやり思った。
 無言を返せば、男は逞しい肩を竦めてみせた。

「奢ってやるよ」

 勝手にカウンターの上のショットグラスに乾杯されて眉を顰める。挙げ句の果ては腰に腕まで回ってきた。そういう目的かと舌を打ち、面倒に巻き込まれるまいと腰をあげようとすると、反対側に別の男が座って阻止された。

「あんた見ない顔だな。三人でしたことは?」

 グルかよ、と内心溜め息を吐き、男二人に挟まれながらも残りの酒を呷ると妙な味がした。薬だ。用意周到なことだ。

「……どうせヤるなら女がいい」

 何が愉しくて自分に目星をつけたのかと呆れ、ソルは酒を呑み干した。躊躇いなく酒を呷るソルを卑しい笑みを浮かべた男たちが見る。
 これくらいの薬訳ねぇけどな、と鼻で嗤って今度こそ席を立とうとしたとき、聞き慣れた声が耳に届いた。

「何をしている」

 平素より随分と低い声だった。

「なんだ、兄ちゃん。俺たちが先だぜ。それとも混ざって一緒に――ッぐ……っ!」

 にやにやと汚い笑みを浮かべていた男が呻いてカウンターに突っ伏した。腕を捻り上げられたからだ。
 そこまでやるか、と呆れて屈強な男の腕を捻り上げた華奢な身体を見上げる。フードつきの亜麻色の丈の長い羽織に身を包んだ痩身の男は、目深に被ったフードからわずかにブロンドと白磁の肌が見えているだけで、格好からして不審者かさすらいの旅人にしか見えない。ここでそのフードを取ってやれば、周囲がさぞ面白い反応をしてくれるのだろうなと思いながら、ソルは手酌した酒にまた口をつけた。追い払ってくれるというのなら、面倒が一つ省ける。

「おい、後から来て横取りはねぇだろうが」

 もう一人の男が華奢な男に近寄る。亜麻色のフードの下で形のいい薄桃の唇が歪められたのをソルは見た。

「私の男だ」
「っ、」

 ソルは思わず酒を噴いた。
 噎せて咳込んでいると、どこにそんな力が隠れているのかと疑うほどの怪力で胸座を掴まれ、次の瞬間には唇を塞がれていた。
 ソルは呆れ切った遠い目で間近の長い金の睫毛を見た。こんな暴挙に出る奴とは思っていなかった。長い付き合いの中で初めての発見だ。
 閉じられた生白い瞼を見ながら、深められていく口づけを仕方なしに好きなようにやらせておく。くちゅ、と長い時間をかけてからようやく離れた薄桃の唇が濡れているのが妙にいやらしく見えた。

「彼氏持ちなら先に言えよな」

 気色悪いことを言うな。ソルは鉢金の影から鋭い双眸で男を睨みつけた。
 どうやら声をかけてきた男たちは話のわかる連中だったらしい。手を振ってソルのもとを去っていく。犯罪者ではなかったのか。遊びで薬でも盛って淫楽に耽りたかっただけのようだ。
 カウンターの向こうでぎょっとしている酒場の店主からの視線が煩わしい。俺だって信じられない。何が哀しくて人前で男とのキスシーンを披露しなくちゃならない。もうこの店には来たくない。
 カラン、とグラスの中の氷を転がし、深く溜め息をついたソルの腕を白い指先が掴んだ。正確には鋭く爪を立てられた。お怒りらしい。何故だ。怒りたいのはこっちだ。

「行くぞ」

 有無を言わせずなされるがまま外へ出て、そのまま路地裏に引っ張り込まれた。

「……こっちが犯罪者だったか」
「何の話だ」

 ひと気のない路地裏に人を引っ張り込んだ男は、これから拷問でもするのかと言わんばかりの鋭い目でソルを睥睨した。殺意に似た凄気が飛んでくる。相変わらずその他大勢に向ける顔と俺へ向ける顔の相異が甚だしい。

「んだよ」
「どういうつもりだ、ソル」
「テメェこそどういうつもりだ。何かの拍子でこれが取れてみろ」

 これ、とフードを掴む。

「明日のニュースは王様のスキャンダルで持ち切りだぜ? 連王主席に男の愛人発覚ってか。最高だな」

 バシンッと胸もとを容赦なく叩かれる。

「痛ぇな。何をそんなに怒ってんだ」
「……あんな連絡を寄こしておいてお前が遊んでいるからだ。……男と」
「ハァ? 気色悪ぃこと言うな」
「断ってなかっただろうッ」
「その前にテメェが来たんだろうが」

 むうっと幼子のように尖っていた唇がきゅっと切なげに引き結ばれた。
 ぐいっと喧嘩腰に胸座を掴み顔をつき合わせたかと思ったら、がぶりと唇に噛みつかれた。一瞬で離れたそこから鉄の味がする。相変わらず、俺に対しての蛮行はこいつの中では正義らしい。

「お前の男は私一人でいい」

 予想だにしなかった言葉に目を丸くして眼前の男を見やったソルは、一拍おいてくつくつと喉を鳴らした。

「はっ、言うようになったじゃねぇか、坊や」
「うるさ――んぅ…っ!」

 がぶりと噛みつくことで反論を塞ぐ。あむあむと小さい唇を食しながら、こんなことをするのも随分と久しぶりのような気がするとぼんやり思う。
 ぐっと細腰を引き寄せ、より深く貪ろうと顔を傾けるとフードが当たった。さわさわと触れるそれが煩わしくフードを下ろそうとすると、ぼやけるくらい近くにある蒼碧が睨みつけてきた。いつ誰か来るかわからない路地裏で顔を晒すのは確かに危険だ。仕方なしにそのままにして熱い口腔に舌を捻じ込むと、意外にもすぐに応えてきた。
 汚らしい狭い路地裏で互いの身体を掻き抱き、もみくちゃになりながら交わす口づけは、まるで仕合でもしているかのようだった。

「んぅ…ぅ、んっ……ふ、ぁ」

 しばらく没頭し、ようやく唇を離すと銀の糸がいやらしく伝う。それを舐めとりながらカイを見て、熟れた果実のような顔にずくりと腰が重くなる。仄暗い欲望を見て取ったのか、カイが離れようとするのを腰を強く抱き寄せて阻止した。そのまま襟元をぐいと引き下げ、露わになった首筋に顔を寄せると細い腕が抵抗してくる。

「っ、だめだ……ソル、こんな、とこっ、で……ッ」

 れろれろと舐め回すと、激しい口づけの余韻なのか力の入らない腕がソルを引き剥がそうとする。ソルはそれを受け入れて呆気なく身体を離した。突然離れた身体に驚いたように丸くなったブルーグリーンが見上げてくる。ソルは歪に口角をあげてみせた。

「テメェが嫌なら別にいい。さっきの男共ならこういうところでも抵抗なさそうだしな?」

 ハッとしたカイを置き去りに路地裏から出ようとするソルの背はすぐに掴まれた。面倒そうに振り返ると、亜麻色のフードの天辺だけが見える。俯いてしまったカイが何か言うのを待っていると、躊躇うように顔があがる。

「く、口でだけならしてやる」

 本当に釣られるとは。
 ソルは狭い路地裏の薄汚れた壁に寄りかかり、早くしろと顎をしゃくってみせた。
 自分を置いてさっきの男たちのもとへ行くと本気で思ったのだろうか。こいつ詐欺とかすげぇ引っかかりそうだな、と思いながら、地面に膝をつきソルのボトムスに手をかけたカイを呆れた眼差しで見下ろした。


「ん、ぐ……っふ、んぅ」

 相変わらず下手だ。
 オーラルセックスをすることはあまりない。カイは好まないらしいし――まぁ、好き好んで同じ男のもんなど咥えたくないだろうが――頻度としてはソルがカイにすることのほうが多い。もっと前から調教しとくべきだったか、とソルは下半身に顔を埋める亜麻色のフードを見下ろした。視界からも愉しないとは何のためにやっているというのか。
 終わりそうにないため、煙草でも吸うかと懐から取り出し咥えようとしたところで、タイミングを計ったかのように強く吸いつかれた。
 思わず息をのむと、裏筋を舐めながら上向いたフードの影から鋭い蒼碧が上目で睨みつけてきた。やってやってるのだから集中しろとでも言いたいのか。お前が下手くそだからだろ、と内心嘲り頭をぐっと押しやる。

「んんぅ……っぷ、ぁ……」

 じゅぽんっと小さい口から抜けた陰茎は十分な大きさとなっているが、まだ絶頂は訪れそうにない。
 取り上げられた肉棒を掴みながら不思議そうに見上げてくるカイの腕を引っ張りあげ強引に立たせた。そのまま身体を入れ替え、カイを背後から煉瓦の壁に押しつける。力任せに押しつけられたカイが抗議するより先に亜麻色の羽織りの下からボトムスを下着と共に一気にずり下げると、ひっ、と小さい悲鳴が聞こえた。

「っ、な……ッ何してる……!」
「ナニだろ」
「っひ……ば、ばか、だめだ……っ」

 いつ誰か来るとも知れない路地裏で下半身を丸出しにされたカイは、顔を真っ赤にして抵抗した。その抵抗を易々と封じたソルはお構いなしに小さい双丘のあわいへと指を滑らせた。
 びくんっと跳ねた華奢な肢体はソルの暴挙を阻止しようと動く。侵入してきた節くれ立った指を排除しようとしているのだろうが、揺れる尻は煽っているようにしか見えなかった。

「ぁっ……――ッ!」

 くい、と曲げた指がよかったのか、甘ったるい声が響き、顔を真っ赤にしたカイは咄嗟に自身の手の甲を口に当てて塞いだ。むぐ、とくぐもった呻きを哀れだと思うこともなく、ソルは早くこのばきばきに勃起した欲望を放ちたいがために、容赦なく秘所を暴いた。

「うっ、……ぁ、あ……んぅっ」

 押し殺された喘ぎは聞こえるものの、フードを羽織ったままの身体は横顔を見ることもうなじに噛みつくこともできない。ソルは舌打ちし、強引に亜麻色の羽織りを剥ぎ取った。

「ッ、いやぁ……っ」

 ぎょっとしたカイが甘苦しい熱の巡る肢体を震わせ、いやいやと首を振る。ばれてしまうとの緊張からか、きゅううっと締まる中の蠕動にソルは喉を鳴らした。
 ようやく露わになったハニーブロンドに満足する。いつも頭の上で縛られているはずの髪は、フードを被るためか首の横あたりで括られていた。襟元をぐいっと下に引っ張り、そこから覗いた生白いうなじに噛みつく。

「ぁ、んっ……ッ」

 びくんっと淫らに跳ねた身体を後ろから壁にぎゅむっと押しつけて強引に中を擦った。ん、ん、とあがるくぐもった声が苦しげだ。もう声を抑えることにしか気が向かないようで、カイは抵抗一つ碌にできなくなっている。好都合だと性急に秘所を暴き、痛いくらいに張りつめた下半身を双丘の間に押しつけた。

「ッ……やっ、だめ……っ」

 この期に及んで駄目だと嘯く口を背後から回した掌で塞ぐ。身を捩って逃げようとする肢体を壁に押し潰し、そのまま強引に挿入した。

――っ……! ん、ぐ……ぅ」

 視界が白くなる。久しぶりの快楽に身体が歓喜しているのがわかった。ソルはカイの声を塞ぐのすらどうでもよくなって、少し身体を離してむんずと細腰を力任せに掴んだ。
 ぬぷぬぷと滾った欲望を押しつけると、いやいやと紅潮した四肢がむずかる。抵抗したいのだろうが、足首に絡まった下衣がたぐまり足輪のようになっていて身動きができていない。
 人の目に触れたくないと気もそぞろなカイは通りのほうに見まいと反対側を向き、左頬を汚い煉瓦の壁に押しつけていた。その横顔から覗く蒼碧は恥辱に膜が張っている。唇を噛み締め、もうソルが逐情するのを待つしかできないほど力の入らない自身が悔しいのか、その表情は蠱惑的だった。高いプライドをへし折ったかのような優越感に、ドクドクと血が沸き立つ。
 自分だって猥らに性器を反応させているくせに。
 その事実もまた、カイの自尊心を傷つけ、辱めを感じるのだろう。
 上衣の裾から手を差し込むと触れる指先が冷たいのか、ぴくん、と小さく反応した。そのまま服をずりあげようとすれば、カイは自身の口を塞いでいないほうの手で懸命に裾を下に引っ張って抵抗してきた。それも両手で行っているソルに敵うはずもなく、淡雪の肌がどんどん露わになっていく。カッと耳が赤くなっているのが見えた。
 やらしく脇腹を撫で、胸もとより上まで強引にずりあげる。そうしてやれば、ソルを受け入れている中がきゅううっと淫らに蠕動した。フード付きの長い裾の羽織りは地面に打ち捨てられ、下衣は下着ごと足首に絡まり、上衣は胸の上でたぐまっている。まだ暗くなっていない夕暮れ前の街の一角でほとんど裸身を晒しているのだ。羞恥でおかしくなりそうなカイの瞳が余計に潤んだ。
 ソルは気をよくし、背後から胸もとまで這わせた手でぐにっと突起を捻るように抓んだ。

「あっ……! ッん、ぅ、う」

 高い声が甘ったるく路地裏に響いてしまい、カイが咄嗟に口を紡ぐ。
ソルはつん、と尖った乳首をぐにぐにと強く弄くり回しながら、腰を押しつけた。


 しばらく無心で腰を振っていると、いつの間にかカイの顔は官能にとろけていた。声を漏らすまいと塞いでいたはずの手すら、おざなりになっている。横から覗いてみれば、だらしなく唇を半開きにし、春空のような双眸は虚ろになっていた。肉棒はびんっとそそり立ち、卑猥に濡れそぼっている。ソルが荒く腰を打ちつけてやれば、びたんっと煉瓦に当たっていた。痛くねぇのか、とむしろ悦んでいそうな性器に呆れつつ、自身の絶頂のためにピストンが自然と速くなっていく。

「あっあ、…ぁ、う、っ……ッ」

 嬌声を抑えることもしないで涎を垂らしながら身悶えるカイを鼻で笑い、パンッパンッと激しく音を鳴らしながら責め立てた。
 常人より優れた耳には、通りの雑踏や酒場の中の喧騒まで届いている。通りを歩く奴らも酒場で馬鹿騒ぎしている奴らも、まさかこんなところで敬愛する王様が淫行に耽っているとは思うまい。そう考えると、余計に身体が熱をあげた。

「はっ、テメェの国の路地裏でその王様を犯すってのは最高だな」

 背後から覆いかぶさり、熱い耳にぴとりと唇を当てて囁く。

「ばッ……ぁ、あッ、も、信じられ、な……っあ、ん……ッ!」

 虚ろだった瞳がカッと見開かれ、あまりの羞恥に歪む。唇を噛み締め、睨みつけてくるその表情とは裏腹に、カイの媚肉はぎゅううっと強く引き絞ってきた。満更でもないくせに、と内心吐き捨て、国の仕事を放ってこんな男に犯されて淫らに身悶える王に舌舐めずりした。
 視界が眩む。強い快楽に歯を噛み締め、ソルは一心不乱に腰を打ちつけた。酩酊していくような頭の中で、まずいと前に回して指先でカイの陰茎の根もとをぎゅっと押さえつけた。こんなところに王様の精液を撒き散らすのもどうかと阻止したソルに、カイは目を見開いてふるふると首を振った。

――っ!? ひぃ、っう、ゃっ、やだ、ぁ……ッ」

 あと少しで達せるといったところで急に欲望を堰き止められて、乱れた金糸を振りたくって身悶える。それを無視し、ソルはがつがつと腰を振った。ハッ、ハッ、と辺りに響く呼気はまるで獣のようにあまりに動物的で滑稽だった。

「っひ、ぁ、あっあっ……!」

 欲望が弾ける。びゅるびゅると大量に噴き出す精液がカイの中で撒き散らされた。長く続く射精に恍惚としてカイの双丘に腰を押しつける。
 ようやく真面な思考回路がゆっくりと戻ってきて、カイの欲望を堰き止めていた指先からわずかに力を抜く。それでもまだそこは白濁を吐き出すことはなかった。

「ッ…ぁ、…あー……」

 性器はまだ痛いほどに勃起したままだが、中でイったのかカイはぽやんと放心している。カイの中から肉棒を引き抜き、足首にたぐまった下衣を引きあげる。臀部はほとんど丸出しのまま、張りつめている陰茎もそのままだった。ずりあげていた上衣も下ろし、地面に転がった亜麻色の羽織りを着させる。顔を隠すようにフードを被せてから細い身体を横抱きにして、ソルは自分が宿にしていたモーテルに向かった。

「っ、ま、まって、ソル……ッ」

 ようやく快楽の淵から戻ったらしいカイは浮いた身体にぎょっとして、落ちまいとソルにしがみついた。フードと薄い羽織りで顔も身体も隠れてはいるが、その下は真面に服を身に着けていないのだ。
 カイの制止など気にも留めずにソルは通りに出てしまった。人の喧騒が届く。通り過ぎる人の影に羞恥でおかしくなりそうだった。
 素肌のお尻が薄い羽織りに擦れている。さらに、ソルが大股で歩くたびにまだ張りつめたままの肉棒が薄い布に擦れて刺激が駆ける。漏れ出てしまいそうな声を抑えるために自身の手で口を塞ぐしかなかった。
 ソルが歩くたびに、カイの瞳は朧々としていった。薄い布に擦れる感覚は決定的な刺激は与えてくれない。蓄積していく熱に、すぐにでもがむしゃらに扱いてしまいたかった。はやくはやくと気が逸るのは、まだ満足していないソルも同じだった。