血が滲むシーツにぐったりと沈んでいる姿を見て、プロイセンは瞳を揺らした。
 こんなつもりじゃなかった。……いや、こんなつもりだったかもしれない。もう自分でもよくわからなかった。
 あの頼み事をするには勇気が必要だった。本当はわかっていた。日本は俺の頼みを受け入れるし、たとえ爛れた関係になっても俺を突き放すことはない。知っていて頼んだ。こんな関係になってしまえば依存することもわかっていた。
 本当は別に生きようが死のうが、ゾンビみたくなろうがどうでもよかった。愛する弟さえ、生きているなら。あいつが俺のすべてで、それ以外どうでもいい。俺の心情も体も命も。
 でも生きたいと思ったただ一度の瞬間があった。再統一後、初めて日本を見たときだ。あの瞬間の情動を表すのはとても難しい。でもきっと、俺はお前を眺めていたかったんだ。言葉なんか交わさなくっても、笑顔を見ることがなくても、遠くからでいいから。
 名づければ、それは恋情だったのだろう。お前も似たような目で俺を見るが、とても情を交わす気になんてなれなかった。俺はプロイセンだ。この名を、このアイデンティティを手放すつもりはない。つまり、俺は亡国だ。この先、未来永劫、この命に意義が生まれることはない。それなのに、どうしてお前に手を伸ばそうなどと思えるか。
 だが、結局傷つけ、血まみれにして縛りつけているのだからどうしようもない。手放さなければならない。日本がこれ以上傷つく前に。


 プロイセンは息を吐き、ベッドサイドの照明に手を伸ばして動きを止めた。サイドテーブルには一冊の本が置かれていた。この部屋は日本にあてられた部屋だ。彼の持ち物だろう。眠る気になんてとてもなれなかったからちょうどいい。本を手に取り、ぱらぱらと捲る。どうやら歌集のようだ。
 ベッドヘッドを背もたれに、ぼんやりと読み耽る。暇つぶし程度の適当な読み方だった。しかし、あるページでプロイセンははたと手を止めた。

「……見つけた」

 ぽつりと、茫然としたまま無意識に零していた。

 ――臙脂色は誰にかたらむ血のゆらぎ春のおもひのさかりの命

 臙脂色のこの心を誰に語りましょうか。血が沸き立つばかりに揺らぐ青春と燃え盛る私の命を。
 臙脂色。黒味を帯びた濃厚な赤色のことだ。恋心はそんな色をしているのか。どす黒い血みたいに。
 血が沸き立つばかりに揺らぎ、命が燃え盛る。
 プロイセンにとっては、喉から手が出るほどに欲しい感覚だ。

「……命がけの恋か」

 プロイセンは思わず寝息を立てる日本を見ていた。
 お前に焦がれ続ければ、俺はこの鼓動の強さを感じられるだろうか。生きていると実感できるだろうか。
 見つけたと思った。生を感じる方法を。

「……なんだ。結局手放せねぇじゃんか」

 プロイセンは苦く呟いた。けれどその顔は喜色を浮かべている。
 身を屈め、避けた前髪の隙間から額に唇を落とす。もっと焦がれさせろと、どこまでも身勝手な懇願とともにプロイセンは臙脂の瞳を揺らした。



 烟紫えんじ色の戀



 End.
 2018.1.24