日本の家に着いて二人してぎょっとする羽目になった。あれから何日経たか知りもしないでいたが、まるでセックス三昧だった逃亡期間を責め立てるように、ポストには数日分の新聞が入っていた。
 それを何でもないことのように笑い話にもできず、二人して無言で目を逸らした。日本は仕事のことで頭がいっぱいで、プロイセンは弟のことでいっぱいだった。
 気まずい空気の中、家に入ったときだった。タイミングを計ったかのように、黒電話がけたたましく悲鳴をあげた。日本が急いで電話を取りにいこうとしたのをプロイセンが制して、家主より先に電話を取った。相手は大方予想がついている。

「……Ja, hallo」
『っ、兄さんか!? 日本にいたんだな! まったくあなたという人は、どうして何も告げずに――

 あまりの剣幕と大声に、プロイセンはとっさに電話口から耳を離して遠い目をした。
 電話口を耳に当てていなくても聞こえてくる相手の声と、それをばつが悪いような顔で聞いているプロイセンを見て、日本は呆れた視線を送った。



「おや、逃亡犯もついにお縄ですか」

 日本は、がしがしと頭を掻きむしりながら茶の間に入ってきたプロイセンに揶揄するような口調で言った。

「屈強で逞しくてめちゃくちゃ可愛い天使みたいなポリスマンが、こっちに向かってるからな」
「それはそれは……。あなたがまさか弟さんに何も告げずに我が家へ来ていたとは驚きです」

 嫌味ったらしい日本の物言いに、プロイセンはあからさまに面倒そうな顔をした。

「怒んなよ」
「あなたは気が触れんばかりに心配する側の気持ちをもう少し慮るべきですよ」
「へえ。『気が触れんばかりに心配』してくれてたのか。嬉しいぜ」
「ほんっと頭きますね」
「そうカッカするなよ。更年期障害か? いや、そんな歳はとっくに過ぎたか。なんだっけ、ジジイがやけに怒りっぽくなる病気」
「ひとを勝手に病気扱いしないでください。あなたなんてさっさとその天使のように愛らしいポリスマンに捕まってしまえばいいんです」

 つん、と子どものように怒り始めた日本に、プロイセンは呆れを多分に含んだ視線を向けつつ、口角を歪にあげた。

「気づいてねぇみたいだから忠告しとく」
「はい…?」
「屈強で逞しくてめちゃくちゃ可愛い天使みたいな、俺専門のポリスマンは逃亡犯を幇助した容疑者にも容赦ないからな」
「あ……」

 ――ピンポーン。
 事に思い至って、見る見るうちに顔を青くし始めた日本の耳に軽快な呼び鈴が届いた。

「……逃げていいですか」

 あまりにもちょうどいいタイミングでの来客を知らせる音ではあったが、そんなにすぐ来られるようなお隣さんではないのだ。絶対に別の誰かなのだが、蒼褪めた日本は軽い混乱に陥っているようでわかっていない。
 プロイセンは面白がって、さらに追い打ちをかけた。

「逃げてもいいけど余計罪が重くなるぞ。一週間……いや、一ヶ月、下手したら半年か。塩分控えめでトマトまみれの食事の刑に処されると覚悟しておけ」

 がくん、と崩れ落ちた日本の傍に膝をつき、プロイセンはねっとりとした声で囁いてみせた。

「駆け落ちするか?」

 いやらしい動きで首筋を指先でくすぐるプロイセンに、日本は目もとを赤らめながら太い首に腕を回し、猫のようにしなだれかかった。
 ああ、本当に愚かだ。互いに呆れを抱きながらも身体を離すことはできなかった。なんだかんだ理由をつけたって、結局つながりたいだけなのだろう。確かに鼓動を刻む愛するひとのあたたかい身体に。
 乾いた喉を鳴らしたプロイセンは、逃亡を望む犯人の身体を抱きとめ、何度重ねても決して満ちることのない小振りな唇に噛みついて逃亡の手助けを始めた。



 亡犯の幇助



 End. (title by : afaik 様)
 2017.10.15