TOP > Game > Dissidia Final Fantasy > Squall x Cloud > パロディ短篇 > 03
日暮旅人パロ
スコ→クラ
保育士×探偵
古くて乗るのを躊躇うようなエレベーターに足を踏み入れ、五階のボタンを押した。
エレベーターを降りれば、狭い廊下と古びた壁がひどく圧迫感をもたらす。探偵事務所と書かれているドアをノックすると、「はーい」と可愛らしい声がして開かれた。
「スコール先生」
ドアを開いた先には幼い少女がいた。名をマリンという。マリンはスコールを見て少し不機嫌そうな顔をした。それに肩をすくめれば、入ればと嫌々ながら中に通される。
「また来たの?」
マリンは幼稚園に通うほどの幼い少女のくせにやけに大人びていた。
だがこちらとて立派な大人だ。可愛くないなと思う心を押し留めて、作り笑いを浮かべる。
「来てはいけなかったか?」
「…べつに。スコール先生は暇なのね」
それが先生にとる態度かと言いたいが、先生といってもスコールは保育士だ。自分でも何でこんな合わなそうな職業に就いたのかとずっと後悔していた。
けれど、その後悔もこの少女が自分の勤める幼稚園に通い、その父親に会うためだったならと消え失せていた。
「クラウドは?」
「……今は奥で、」
マリンが答える途中でガシャンと大きな音が聞こえた。思わずスコールとマリンは顔を見合わせると、奥に向かう。
「…パパ。だからパパはそんなことしなくていいって言ってるのに」
「マリン…すまない。また皿を割ってしまった」
台所の床では皿が無残な形で散乱していた。それを拾おうとしたのだろう。マリンにパパと呼ばれた男がしゃがむのを慌てて止めた。
「クラウド!」
「スコール? 来てたのか」
振り返ったクラウドの視線がスコールを捉えた。薄い色の綺麗な碧がきょとんと丸くなったあとに、細められる。ふわりと優しく微笑んだクラウドに胸が高鳴ると同時に針で刺すような痛みが胸に広がった。
「ここは俺が片付ける」
「だが…」
「そうだよ。片付けはスコール先生にやってもらえばいいの。パパはこっち!」
ぐいぐいとマリンがクラウドの腕を引っ張っていく。クラウドはすまなそうにしていたが、気にするなと片手をあげて台所から追い払った。
「すまなかった、スコール」
「いや」
割れた皿を片づけて、いつもクラウドが依頼人から話を聞くソファに腰掛ける。
マリンは奥の部屋にいるらしい。いつもはスコールをクラウドと二人きりにするのを嫌がるのに珍しいと考えていると、クラウドが困ったような顔をした。
「探偵の依頼でもあるのか?」
「……いや、ないが」
「…ここに来るのは迷惑か?」
娘が通う幼稚園の先生。クラウドとの関係はそれ以上でも以下でもなかった。
迷惑か? と聞けばそんなことはないと返ってくるのだろう。案の定、彼は首を振った。ただ、内心ではおそらく迷惑だと思っている。
(いや、違うな…)
迷惑、ではきっとない。ただ、クラウドは人と距離を置きたがる。彼の境遇を考えれば仕方の無いことなのかもしれない。けれど距離を置かれるのは辛い。スコールの勝手な我が儘でしかないけれど。
きっとクラウドはスコールの気持ちに気づいている。とても聡い人だから。だからそうして少し哀しげにこちらを見るのだろう。
(…俺の気持ちに応えられないから)
「…マリンは幼稚園ではどうだ?」
「他の子より大人びてるから、あまり馴染めてはいないかもな」
はっきりと言えば、クラウドは苦笑した。
「俺なんかが父親になったから、なかなか上手く育たない」
「マリンはあんたが父親になってくれて嬉しがってるだろ」
「だが…」
「子どもはすぐ育つ。マリンもすぐに大きくなって大人びたという表現は使わなくて済むようになるさ」
「そうかな…ありがとう、スコール」
そう言って微笑む。
優しい笑顔だ。けれど彼の笑顔はいつだって少し哀しげだった。その儚い表情がスコールの頭からずっと離れてくれない。
「探偵業は順調か?」
「ああ。少しずつだが依頼はある」
「…あんまり無茶は、」
「わかってる」
クラウドは特殊な人間だった。
今こうして対面して確かに話をしているが、スコールの声が彼に直接聞こえることはなかった。
なかなか迎えに来ない親の代わりにマリンをここへ送ってきた日、スコールは初めてクラウドと会った。マリンの父親にしては若いことに驚いたが、それ以上にその整った容姿と儚げに微笑う顔が衝撃だった。探偵をしていると聞いてある依頼をした。昔の失くしもの。それを容易く見つけたことに驚いたと共に彼が探偵を生業とする理由を知ってしまった。
クラウドは、視力以外を無くしていた。
聞こえないし、匂いも感じとることはない。何かに触れる感触も、食べ物の味も知らない。
それでも普通に生活が送れるのは彼の目が特殊だったからだ。他の感覚すべてを補うように唯一残る視力に特別な力が宿ったという。彼にはすべてが見える。人が発した言葉、匂い、味、感触。それらすべてが目に見えるという形で常人とは違う視力を持っていた。
その能力で探し物を見つけるのが得意なのだという。だが、すべてを映している目にはとてつもない負荷がかかるらしい。視力だけに頼って生きてきたクラウドから視力さえも奪うことになるかもしれない、と。
視力以外を無くした経緯を俺は知らない。けれど、その彼の面影から暗い過去があることは想像できた。だから聞けないし、深く踏み込むことすらできない。
(…踏み込むことすら、させてくれない)
クラウドは優しくスコールと接するが決して踏み込ませようとはしない。分厚い壁をたててスコールを遠ざけた。
感覚がないから、クラウドは先程皿を割ったのだ。目には見えていて普通に日々を過ごしていても、多少のズレがあるという。触覚がないから家事などはとても不得意だ。マリンがよく手伝っているらしいし、スコールが初めてここへ来たときは泥棒にでも入られたのかと思うくらい散らかっていた。それをスコールが手早く片づけ、溜まっていた食器も洗い、洗濯物もたたんだ。
それから、こうしてちょくちょくここへ来ては家事をしたりするようになった。
スコールにとっては下心しかなかったが。
「夕飯でも作るか」
「いや、さすがに悪い。いつもこんな…」
「俺がやりたくてやってるんだ。マリンにも手料理を食べさせてやりたいだろ?」
マリンのことは口実でしかないが、そう言えばクラウドが頷くのはわかっていた。
夕飯を一緒に食べ、帰ると席を立ったスコールにクラウドがついてきた。
「外まで送る」
「……ああ」
そんなことを言われたのは初めてだった。何故だろうと首を傾げながらも少しでも長く共に居られるならと頷いた。
外に出れば冬の冷たい風が二人に襲いかかる。もうすでに真っ暗となった夜にネオンの光が眩しかった。
「今日はありがとな、スコール。いつもすまない」
「ああ」
「だが、こんなに迷惑をかけたくない。家事なら俺がちゃんとする。マリンのことが心配かもしれないが」
「俺が心配しているのはあんただ」
「ッ…」
「わかってるだろ」
「スコール、俺は」
「いい。俺が勝手に想って勝手にこんなことをしてるだけだ。だから、あんたが気に病むことはない」
「……スコール」
ここには来るな、なんて言葉は聞きたくなどなかった。
微かな繋がりしかないその細い糸をなんとしても切りたくなかった。
(…本当に勝手だな)
おもむろにクラウドの白い手を取った。驚いたのか、目を見開く様が子どものようで思わず笑った。
「じゃあな、また来る」
ぎゅ、と両手で包み込むように握った。握り返されることはない。
彼の冷たい手の感触を忘れないように己に刻む。
けれど、この自分の手の感触は彼に届くことはないのだ。触れていても、その感触を彼が感じ取ることはない。スコールの声が彼の耳に直接響くこともない。
何もかもが一方通行。
(…この気持ちでさえも)
また会いにくる。
その約束を自分勝手に押しつけて、彼に背を向けた。