TOP > Guilty Gear > Sol x Ky > Theme > 黎明が何に似てるかなんて > 02
「おい、人のもんを壊すつもりなら降りろよ」
「るせェ」
「また随分と荒れてるな」
ジョニーは呆れの溜め息を深く吐き出した。
ガンッとけたたましい音を立ててテーブルの脚を蹴った男は、酒瓶を煽って据わった目で一点を睨みつけていた。その視線の先にあるのは小さいモニターだ。国際中継されている画面には、イリュリア連王国の第一連王様が映っている。
神の祝福を受けたと聞いても納得してしまいそうな容貌の王は、優しく微笑みながら国民に語りかけていた。そのうち、彼は列聖に名を連ねるのだろう。……そう、偉大な死者は聖人に加わるものだと相場が決まっている。
舌打ちした呑んだくれが忌々しそうにモニターを消した。黒く沈黙したそこに、男の顔が映る。ヘッドギアの下の双眸がゆっくりと細まった。まるで、眩しさでも堪えるかのように。
「オヤジってカイのこと嫌いだよな」
先までメイと楽しくおしゃべりしていたはずのシンが養父の背をぼんやり見ながら、ぽつりと零した。
実父とは和解したらしいその子どもは、あまりにも純真無垢にそう言い放った。その断言振りは、自身の見解が真実だと疑いもしていない。
散々っぱら嫌ってたのはお前の実父のほうだけどな、とジョニーは思わず苦笑した。
「そりゃあ恨みもするだろうな。さすがのあいつでも目が見えなくなるのは嫌だろうよ」
「は? どういう意味だよ」
「……あいつァ、」
心なしか、いつもより覇気がなく小さく見える背を見据える。その向こうに佇む沈黙したモニターに映る細まった瞳が微かに揺れたのが見えた。見えてしまった。
ジョニーは鍔の広いハットを深くし、見てはいけないものから目を逸らした。いまだかつて見たことなどなかった、男の憂懼から。
明けることなどないのだと諦観していた暗闇に、ある日、黎明が訪れる。
夜明けを齎した光は、それはそれは眩しく映ったに違いない。どこまでも続く暗闇の中、ただ独り歩いてきた男にとって。それは、あまりにも強く、美しい光。
けれど、その光が容易く失われることを男は充分に知っていた。昇る太陽が必ず沈むのと同じ。曙光を眺めたその日に必ず黄昏がやってくるのと同じ。
その光源は、男が首を掴んでほんの少しの力を入れれば簡単に壊れるほどの脆いものだった。それを失うのは何十年後、何年後、はたまた数ヶ月か、数週間か、明日か。
男は覚悟したのだ。散々振り切り、突き放し、背を向け続けたというのに、その光は残酷にも男を追いかけてきた。
まぁ、光の速さって凄いからな。そもそもそれを認めてしまった時点で終わりだったのだ。ほら、よく言うだろう? 惚れたほうが負けだって。
ついに諦めた男は覚悟した。知らなかった頃には戻れない。記憶は消えない。例え、思い出せなくなっても。
光を知ってしまったあとの闇は、惨たらしいほどに苛酷だろう。夜明け前の孤独など、比にもならないほどに。
(……俺だったらご免だ、そんな地獄)
けれど、男は何でもない顔をして歩き続けるに違いない。けれどもう、その強い意志の孕むレッドジャスパーの美しい眸は、何も映すことはなくなるのだろう。
男は覚悟したのだ。その光を愛すると決めたときに。
あいつは、
「――目を潰す覚悟をしたのさ」
黎明が何に似てるかなんて
白い光が見えた。
曲がり角で出会い頭に突きつけられた細身の剣。その向こうの藍緑色の瞳に目を瞠る。驚いたのはお互い様のようで、ブロンドの長い尻尾を揺らして首を傾げた男が呆けたように口を開いた。
「え? ジョニーさん?」
こんなところで何を、と続いた言葉に、それはこっちの台詞だと返す。
騒ぎになるのが面倒で逃げていたとわざわざ言うのは憚られる。何が哀しくて元警官と遭遇しなければならないのだ。そもそも一等国の王様がどうしてこんなところにいる。
「しゃがんでください……!」
空気を裂くように凛と放たれた声に、考えるより先に身体が動く。蒼白い光が剣を包み込んだ。
ああ、とジョニーは内心で呻いた。それは傷嘆か、憤懣か、それとも憐情ゆえだったか。自分でもよくわからなかった。
たったの一振りで勝負をつけた男の向こうに、光が射す。眩しくて思わず目を眇めると、男は不思議そうに首だけで振り返り、昇る太陽を仰ぎ見た。「夜明けですね」。事も無げに呟かれた言葉がいやに癪に障る。
苦味が滞留するようなやり切れなさを振り切るように、王様がこんなところで何をしている、と言おうとした喉は先を越されて音を放つことはなかった。
「――ところで、」
今一度、こちらを振り返った男が言う。
「ソル、知りません?」
呼吸を忘れたような心地だった。
真っ直ぐにかち合った青緑を見つめたまま、俺はただ眼前にある存在の惨忍さを嘆いた。はたして、その薄桃の唇から何度その名が放たれたのだろう。そして何度、呼ばれた男は残酷な覚悟を繰り返したのだろう。
背後から見知った気配が近づく。共に行動していたのだからいるのは何らおかしいことではない。ただ、タイミングが良すぎだ。元聖騎士団団長のあの男へのセンサーには恐れ入る、と今や王となった男を見て、ジョニーは今度こそ、アア、と音に出して呻いた。
それは鮮やかだった、あまりにも。ジョニーの背後から近づいた気配に視線を滑らせた男の表情の変化に息を呑むのも忘れるほど、あまりにも鮮やかだった。
一瞬だ。ほんの一瞬。けれど確かに、男は唯一無二の至上の宝でも見つけたような、そんな清福を美しい顔に浮かべた。
「あ? 何してんだ、テメェら」
聞き慣れた面倒そうな声音が落ちる。
王の視線は、もうジョニーを見ることはない。ただ真っ直ぐに炎の気配に向けられている。宝玉のような青緑がゆっくりと細まった。……まるで。まるで、太陽でも見上げたかのように。
思わず炎の男を振り返ると、目がぱちりと合った。男は名状し難い微妙な顔でジョニーから目を逸らした。堪え切れず、苦味と呆れの乗った、けれど決して嫌味ではない笑声を思わず漏らす。
不思議そうに首を傾げた王を見やると、形のいい小ぶりな唇がむずむずと動いているのに気づいた。その喜色を隠し切れていない花顔に、ジョニーは泣き笑いのような目をサングラスの下で細めた。
「……お前さんは残酷だぜ、本当に」
これをどうして、愛さずにいられるというのだろう。そんな顔を向けられて、どうして。
王が突然入った通信に背を向けて指先を耳に翳した。その様子を見ていた炎の男を盗み見ると、切れ長の精悍な目が閉じられるところだった。
瞼を閉じ、長い睫毛を震わせる様は、俺にはまるで神に祈りでも捧げているかのように見えた。
通信を終えた王が振り返る。ゆっくりと開かれたレッドベリルに、光がともった。
「ソル」
放たれる声はどこまでも残酷に、あまりにも眩しかった。
End. (title by : afaik 様)
2018.6.27