この想いはきっと、恋だの愛だのと、そんな簡単に言い表せる情ではないのだ。

 眠っていると言うよりは気を失っていると言ったほうが正しいと思うほどぐったりと四肢を投げ出し、カイはソルの逞しい身体の上に乗り上げていた。執務室の狭いソファに裸のまま折り重なっているのは、どうにもソルが彼を手放せないでいるからだ。せめて、と欲が出る。朝というタイムリミットが来るまでは、と。
 カイは何度目かわからない絶頂に意識を手放した。出すものもが枯れ果てても行為を続けたのだ。さすがに身体が限界を訴えたのだろう。
 カイの小さな呼吸音に耳を澄ませながら、それでも言葉にするのなら、とソルは腕の中の身体を優しく抱き締めた。

「俺はお前を――…愛したかったんだろうな」

 決してソルを独りにはしてくれない、憎たらしい天使を。
 絶対に孤独に追いやってくれないこの男は、例えその命が尽きたところで、ソルを孤独にはしてくれまい。この男の愛する妻と、彼の面影を色濃く残す息子が、ソルの孤独を妨げるだろう。まるで、カイの意思かのように。
 愛する他にどうしろと言うのだろう。このくそったれの世界で、化け物の孤独を癒す、たったひとりの希望に。





 扉の外の足音に意識が浮上した。いつの間にか微睡んでいたらしい。身体の上に乗り上げる温かい肢体には使い物にならなくなった彼の服がかけてある。それくらいの些細な気遣いはちゃんとして微睡んでいたらしい。とはいっても、体液塗れの身体はそのままで、部屋の惨状も昨夜のままだ。
 今思えば、朝を来る前にカイを自室へ運んでおいたほうがよかったかもしれない。服はソルが破いたから着られないし、あの執事がこの惨状を目にしたら倒れかねない。それこそ命に関わるだろう。だが、部屋の前に佇んでいる衛兵を相手になんて言えばいいのかわからず、面倒だと思っているうちに朝を迎えていた。さて、どうするか。
 珍しく焦りを浮かべたソルはすっかり失念していた。なぜ微睡から浮上したのかということを。
 カチャ、と開かれた扉から、ソルの意識を浮上させた足音の大本が姿を現した。ソルはぎょっとしてソファに身体を沈めたまま扉のほうを見る。立ち上がろうと思うほど驚いたのだが、ソルの上にはカイが乗り上げていて叶わなかった。

「あ… っ……おはようございます、お父さん」

 お父さん。おとうさん。その言葉が耳の奥でこだまする。
 ああ、そこにいるのは誰だ。…娘だ。……カイの妻だ。
 服をかけてあるといっても、真っ裸のカイを上に乗せ、真っ裸のままソファに寝転ぶソルは呆然と王の妻を見上げた。思考は停止している。ただ、まずいということだけはわかった。
 散乱した書類、精液塗れのソファやデスク、裸の父に、裸の夫。……これはもう訴訟どころかガンマレイを撃たれかねない。
 無意識に庇おうとカイを抱き寄せたソルに黄色いリボンを揺らした王の妻が近づく。しかし、彼女はソルの気が遠くなるほどの憂心に反して、殺気を放つどころか軽やかな足取りで近づいただけだった。
 父と夫のあられもない姿に、わあっと頬を林檎色に染めたディズィーは、ただ恥ずかしそうにするだけで、そこに非難を浮かべることはなかった。

「あ、あああの、お父さん」

 動揺しているのはわかるが、なぜ頬を染めるだけなのか理解できない。
 だが、今そのような呼び方をされると責められている気になる。…いや、確実に責められるべきことをソルはしているのだが、父親が娘の夫を寝取ったなどという想像もしたくないほど下劣な状況を再認識させられて、ひどい眩暈がした。

「わたし、相談したんです」

 なにを、だれに。

「やっぱり正妻はどうしても譲れないなって思って…だからお父さんは側室ということでいいですか…
「……………は

 たっぷりの間のあと、ソルは多分ギアになってから誰にも見せたことのないような間抜けな顔をした。彼女の言葉の半分も理解できない。いや、言葉の意味はわかるのだ。だが何を言っているのかわからなかった。
 もういっそ混乱状態に陥っているソルを見て、なぜか彼女は「ふふ」と笑った。

「お父さんてば、第二連王様と同じ反応をしますね」
「…………………」

 ソルは遠い目をした。
 理解しつつある脳を拒否するが、認めたくないことを勝手に認識し始める。
 ディズィーは言わなかったか。『わたし、相談したんです』だれに。恐らくは第二連王に。なにを。『正妻は譲れない』『お父さんは側室ということで』とのことを。……なんて怖ろしい事態になっているのだろう。
 ソルはいまだ目を覚まさないカイを乗せたまま、その妻を見やった。彼女は少女然とした顔を無垢にソルに向けている。そこに負の感情は見当たらなかった。
 そもそもソルとカイがこんなことになる以前にレオに相談――この上なく余計なことだが――をしていたのだから、カイやソルの心情に気付いていたのだろう。知ってもそれをおかしいことだとは思っていないような素振りだ。
 彼女はまだ、常識を知らないのかもしれない。あるいは異常だ。そこまで思い至って、ソルは苦く嗤った。そりゃあ異常だろう、と。人類の希望がハーフギアと結婚し、その血を引く子どもを授かり、挙句の果てはこの世に災厄をもたらした化け物のプロトタイプに焦がれるのだから。狂ってるとしか言えない。
 ソルは深い溜め息を吐き、娘を見た。それでもこれで色々と解決している。カイの妻はソルの行動を認めてすらいるのだ。カイの罪悪もひとつ減るだろう。……いや、けれど常識から逸脱していることには変わりないのだからと正論を振りかざしそうだ。ソルは、もうどうにでもなれと思考を放棄した。

「……取り敢えず、レオに相談したことはカイには言うなよ」
「え

 あいつのマイ辞書にはひどいネーミングが追加されているに違いない。想像したくもない。
 ソルはまだ呑気に眠っている当事者の柔らかい頬をむにっと引っ張ることで八つ当たりをし、身体から力を抜いて柔らか過ぎるソファに沈み込んだ。


 このとき、ディズィーにもう一つ釘を刺しておかなかったことをソルは後々後悔することとなった。他でもないカイの息子であるシンが家族が揃った食卓で「そういや聞いたぜ オヤジ、カイの側室になったんだってな」と、明らかに側室の意味を知らないままに取り敢えず言ったであろう言葉に場が騒然となるのは、近い未来のことだ。

 

 End.
 2017.9.3