あ、とカイは声をあげた。

「すまない」

 朝食の席、オープンサンドに手を伸ばしたカイの手とシンの手が触れた。ちょうど同じタイミングでバケットを取ろうとした所為だが、カイは咄嗟に手を引っ込めて謝ったものの、シンからの反応がない。顔を見てみれば、一つの眼は大きく丸くなっていた。

「冷てぇ」
「え?」

 ぐいっと手を引っ張られる。

「うわっ……カイの手つめたっ!」

 ぎゅむぎゅむと確かめるように握ってくるシンの手は熱いほどだった。

「歳かな。冷え性が余計ひどくなった気がする」
「年って」

 シンの突っ込みを華麗にスルーしたディズィーがシンからカイの手を取り、柔らかく包み込んだ。

「手が冷たい人は心が温かいんですよ」

 カイの手を温めながら微笑んだディズィーに「へえ」とシンが完全に信じきって感心する。

「じゃあオヤジも心があったかいんだな」

 何個目か知れないタルティーヌを口に運びながら、そんなふうに続けたシンにカイは目を瞬かせた。


 *


「ん……トムスクにいたのか?」

 月明かりがやけに明るく差し込む豪奢な寝台の上でカイはぼんやりと瞬いた。

「ああ」
「レオの管轄だな……っ会った、か?」
「俺が王様に謁見するかよ」
「私も王さまだ」
「言ってろ」
「ん、ぁ……も、つらい」
「我慢がきかねぇ、なっ」

 ズンッと奥を抉った熱に白い喉が仰け反る。

「ぁんっ! ッ…るさ、い…っ」

 カイは潤んだ蒼碧で自分にのしかかる男を睨みつけた。男は不敵に口角をあげただけで、相変わらずゆるゆると緩慢に腰を揺すっている。
 大きい手のひらが首筋を覆った。節くれ立った指先が動脈をなぞり、ゆっくりと下りていく。鎖骨に窪みに行きつくと浮き出た骨をなぞり、まるで形を確かめるように肩口からゆっくりと腕を伝っていった。

「んっ……しばらくはこっちにいるのか?」

 突然、腋窩に手のひらが潜り込んでくる。脇から胸もとの側面を掴むようにしたソルの太い親指が悪戯に胸の突起を掠めた。

「ぁっ、ん……んっ……」

 つんつん、と爪の先がぷくっと尖った突起を幼子の手遊びのようにつつく。

「いてほしいか?」

 睦言でも紡ぐように熱い吐息を乗せて囁かれた言葉に唇を噛む。見下ろしてくる不敵な笑みが腹立たしい。
 たとえここで「いてほしい」と答えたところで、ソルの予定にカイの言葉など欠片も響くことはないのだ。だから。

「おまえがいたいならいればいい」

 先手を打つ。
 片眉をあげたソルが舌打ちした。
 勝った、とカイはほくそ笑んだ。初めから少しの間はイリュリアに滞在するつもりだったらしい。カイの放った言葉の所為で、最初からその予定だったとしても、あたかもソルがいたいから滞在しているような形になる。ざまぁみろ。

「っあ! ~~~ッ……」

 ごちゅん……! と淫らな音が鳴った。
 カイは白い首を仰け反らせ、大きく喘ぐ。ソルが一際勢いよく腰を穿ったことで中のしこりが強く擦り上げられ、腰の痙攣が治まらない。
 潤む視界でソルを仰ぐと、溜飲が下がったような顔をしていた。意趣返しにしては愛らしいことをする、とカイは陶酔に震える喉を鳴らした。

「んっ……」

 ソルが上体を丸め突起に吸いついた。体勢のせいでぐうっと中を貫く楔がより深くに入り込んでくる。
 じゅぷ、と卑猥な音をわざとらしく立てて吸いつかれる最中に、大きい手のひらが脇腹や薄い腹、太腿までを這ってくる感覚にカイは目を閉じた。

「ぁっ…ん……ッ」

 がぽ、と突起を甘噛みしていた鋭い牙が離れていく。ソルが上体を起こしたことで重なった身体が離れ、部屋の冷たい空気が素肌を擽る。ぐっと腰を押しつけたソルがカイの脚を掴み、本格的な律動を開始しようとしたとき。
 熱い。
 ふいにそう思って、カイはぼんやりと瞼を開いた。

「……つめたくない」
「んぁ?」

 これからというときに出鼻をくじかれたソルが間抜けな声を漏らした。

「熱い、な……ソル」

 抜けるように白い頬を上気させてとろんと蕩けているカイの小さい唇が熱に浮かされたようにそんなことをぽつりと零す。

「突然なんだ」

 熱いのはもうずっと前からだ。夜も更けた頃にようやく寝室の扉を開けたカイの腕を力任せに引っ張り、ドアに押しつけて唇を塞ぎ、がむしゃらに服を脱がせ合いながらベッドにダイブしたときから、ずっと熱い。
 たら、と顎を伝う汗がカイの滑らかなに肌に落ちた。

「シンがおまえの心はあたたかいと言っていた」
「……ハァ?」

 朧々とした蒼碧は熱に蕩け、薄桃の唇から放たれる言葉も妙に舌足らずだ。この分では話を理解するのに時間がかかるだろうとソルは面倒に顔を顰め、快楽を求めて勝手に腰を突きあげようと細い脚を抱え直した。

「『手が冷たいひとは心があたたかい』」

 ぴた、とソルの動きが止まる。

「って、はなしを……ぁ…あッ!」

 ずるるる、と突然太い肉棒が一気に抜けていき、カイはびくんっと背を反らした。
 突然の喪失にひくひくと後ろが疼く。カイは潤んだ瞳を瞬かせ、ソルは探した。視界に入った広い背中に首を傾げ、官能に痺れる身体をどうにか動かして身体を起こす。ぼんやりしたままその背を眺めていると、乱れた黒茶から覗く耳が仄かに朱に染まっていることに気づいた。
 カイは頬を薄桃に染めて緩め、逞しい背中にしなだれかかるように抱きついた。
 背後から前に回した腕で厚い肩から美しく筋肉の浮き出た腕を伝い、大きい手のひらに自身の手を重ねる。指を交差するようにしてきゅっと握ると、そこはじんわりと汗を滲ませていた。

「私に触れてるから熱くなっているのだと自惚れてもいいか?」
「黙れ」

 ぴしゃりと紡がれた殊更に低い声は、しかし否定を示してはいなかった。
 ぎゅううっと胸が苦しくなる。もとより熱かった身体はさらに熱をあげ、絡めた手に汗が滲むのがわかった。
 ふふ、と少女のような笑声を漏らし、カイは後ろから覆いかぶさるようだった体勢のままゆらゆらと揺れた。幼子が父親でじゃれているような揺れに、ソルの身体は巻き込まれて一緒くたになって揺れる。

「ぁ……はぁ、ん……」

 姿勢の所為で勃起したままの肉棒と乳首が逞しい背中に擦れ、カイは恍惚に瞳を蕩けさせた。
 上機嫌に乱れたダークブラウンに頬ずりしたカイは、肩口から前を覗いて口もとを緩めた。絡めていないほうの手を美しく割れた腹筋に這わせ、その下の黒の繁みを悪戯に擽る。

「こんなにがちがちじゃ辛いだろう?」

 耳にぴと、と唇をくっつけて囁く。びんっと上向いた硬い男根に女のような白く細い指が這った。蚯蚓が蠢いているようなグロテスクな血管をなぞると、ぴく、と太い雄が期待に震える。
 カイは一度身体を離し、ソルを寝台に押し倒した。その上に伸し掛かり、いきり立った陰茎を支えて秘部に当てる。

「ぁ…あっ、あー……」

 ゆっくりと腰を落とせば、ぬぷぬぷとソルが割り入ってくる。自身の体重も手伝って、ぴと、と臀部がソルの陰嚢にくっついたときには、カイはひくひくと身体を甘く痙攣させていた。
 硬い腹筋に手をつき、ゆるく腰を揺らすと甘苦しい快楽が背筋を駆ける。なされるがままに寝台に磔になっているソルが愛しくて、カイは法悦に塗れた顔に微笑を浮かべた。

「は、ぁ……あっ…んんっ」

 武骨な指先が腰をいやらしく撫でる感触に身体を震わせ、片手を腹筋についたまま、もう一方でその手を取った。刹那、ソルは嫌そうな顔をして手を払おうとしたが、その前にぎゅっと強く掴むと、渋々といった感じでおとなしく繋がれてくれる。その手はやはり、彼の名に相応しいほど熱を発していた。
 思わず笑みを浮かべて顔を見やると、居たたまれなさそうに視線を逸らされる。
 きゅううっと胸が鳴ると同時に、また身体は熱をあげた。乱れた金糸の隙間を縫って顎から汗が滴り、ソルの逞しい裸身へと落ちる。カイは汗に濡れる髪を掻き上げ、ソルに顔を近づけた。

「とっておきのことを教えてやる」

 ぺろ、と頬に滲むソルの汗を舌で拭い、カイは甘ったるく囁いた。

「私もだ」

 カイを見たソルの鋭い双眸が怪訝に細まる。
 繋いだ手を持ち上げてみせ、カイは幼子のように莞爾として笑った。

「お前に触れてると、まるで太陽に灼かれでもしているみたいに熱くなる」

 わずかに瞠目した赤茶の瞳の眦に口づけを落とし、「普段はあんなに冷たいのに、な」と、カイは幾らかの羞恥の滲む顔で微笑んでみせた。

「じゃあ俺の前では心が冷てぇんだろ。テメェは俺には辛辣だからな」

 カイは目を丸くしてから、はは、と喉を鳴らした。

「意地の悪いことを言うな。照れてるソルなんて、珍しいものを見た」
「……気色悪ぃこと言ってんじゃねぇよ」
「っひ、ぁあっ……!」

 ごりゅ、と強く突きあげられたと思ったら視界が反転した。瞬く間に組み敷かれ、ごちゅごちゅとめちゃくちゃにピストンされる。

「あっあっあん……!」

 両脚を抱えられ、膝立ちになったソルにがむしゃらに衝かれて、カイは涎を垂らし身悶えた。
 パンッ、パン! と肌がぶつかる音が高く響き、激しすぎる抽挿にがくがくと震える。ソルに抱えられたぴんっと伸びた足先までもを快楽が占め、気が触れてしまいそうだった。

「ぁっ、だめ、すごい…っ、あ゛ッ……!」

 びゅるるる、とカイが白濁を飛び散らせるのにも構わずに突きあげられ、カイはなされるがままに揺れた。
 照れ隠しにしてはひどすぎる、とぼんやり思う。
 意識の飛びそうな快楽の中、離されてしまった手を彷徨わせると、痛いほどの力でぐっと掴まれた。

「ぁ、んぅ……はぁ、あっ、あつい……ッ」
「ああ……熱ぃ、な…っ」

 ぎゅうっと絡め合った手は汗でぬるつき、燃えるように発熱している。そこだけじゃない。身体中が、その中を巡る血液が沸騰でもしているかのようにじんじんと熱さを訴えている。心臓は熱く脈打ち、その奥の感情の宿る心までもが熱くて仕方なかった。いつもこうだ。ソルを求めるとき、カイはいつも熱くなる。それはこういった行為だけじゃない。その背を追いかけるときも、この心臓は熱く鼓動を高らかに打つ。灼熱の太陽に焦がれるように。

「はぁぅ、あっ、あぅ……」

 ソルが身体を倒し、ぬるついた裸身が重なる。灼熱の海に放り投げ出されでもしたかのように熱い身体を重ね合わせ、溺れるように互いに腰を揺らめかせた。

「ぁっ、もう…っい、っ、…ぁっ、あーー……」

 最奥にどぴゅどぴゅと熱い白濁が叩きつけられる。外からも中からも灼かれているような心地で、カイは陶酔に蕩けきった顔で放心した。
 ぼんやりと瞬いた先で肩で荒い息をするソルが見える。はぁはぁ、と獣のような互いの息づかいの中で目が合い、自然と唇が重なった。
 どんなに口づけが激しくなっても、繋がれた手は離れることなく指と指が絡み合う。その手はやはり、燃えるように熱かった。

 ――この熱が自分だけのものならどんなにいいだろう。

 ふいにそう思って、カイは願うようにぎゅうっと強くソルの熱い手のひらを握りしめた。
 他のひとが触れるこの手が冷たくありますように、と。

 


 その手がたくありますように



 End. (title by : afaik 様)